「奴を海に引きずり出してやる」


 その場にいた者は一様に口を噤んでグレインを見る。改めて目の前にいる男が何百と言う海賊達を束ねている、もう一人の海賊王と呼ぶに相応しいのだと実感させられる。

 「・・・そんなわけだからこれからヨロシク〜」

 態度を一変させて再びいつもの調子に戻るが誰も彼のように明るく振舞う事など出来るはずもない。

 輪の中心にいる男は集まる視線にも気にする事もなくレイルを見やる。

 「お仲間記念にさっそく情報提供してあげよーかな」
 「・・貴様に頼るつもりなどない」
 「意地張ってる場合じゃないよ〜?事は一刻を争う・・・敵襲だ」
 「なっ・・・!?」

 驚きの声を上げたのはレイルだけではない。ユーシスもセシリアも目を見開いて海賊を見る。

 「この一帯は既に奴らのテリトリーだ・・縄張りに天敵の海軍が入って来たとなれば――」
 「艦長!!」

 最後の方は医務室に慌てて転がり込んで来た海軍の男によって聞くことは出来なかったが、その男の顔が全てを物語っていた。

 「まさか――」
 「敵と思われる船が2隻・・こちらに向かって来ています!」









 「右舷の帆を張れ!回り込んで後ろから砲弾を叩き込む!」

 レイルの澄んだよく通る声が騒がしい甲板に響き渡る。彼自身舵を握りながらも懸命に指揮をとる。
 的確に指示を飛ばすがやはり経験の少ない海兵ばかり、どうしても遅れてしまう。

 「ちっ・・!」

 軽く舌打ちをすると舵をユーシスに任せ、自ら率先して動こうと足を踏み出した刹那、

 ゴォォォン・・!!

 空を裂く轟音と共に艦が大きく揺れた。こちらが手間取っている間に横に並ばれ砲弾が打ち込まれたのだ。海軍随一の機能を持つリズホーク艦ならばこんな事はありえないはずであるのに。

 ――船員の質の違いか・・・!

 いくら海軍学校を優秀に卒業してもやはり新人。紙に書かれている問題と海の上で実際に起こるそれとではまるで違う。
 だが今はそれを嘆いてばかりではいられない。自分はこの艦を任された艦長なのだから。

 誰よりも早く立ち上がるとパニックに陥り始めている部下達を叱咤する。

 「お前達は海軍だと言う事を忘れたか!海賊などに遅れをとってどうする!」

 ハッとして若い艦長を見る海兵達の顔にはまだ戸惑いの色があったが、彼の気迫に押されてようやく目が覚めたようだ。
 バタバタと与えられた持ち場に行き、ぎこちなくとも懸命に作業をこなす。

 しかしやっと統率が取れたと思った矢先、2隻の敵船は艦の両側にピタリと船体を寄せ乗り込む準備を始めた。

 ――はさまれた・・・!!

 この至近距離では砲撃しても艦にも多大な被害が出る恐れがあるためこうなっては乗り込んで来る海賊達を迎え撃つしかなかった。

 「剣を持て!乗り込んでくるぞ!」

 焦りが少しだけレイルに見えた。乗り込まれる事だけは避けたかったのだ。こうなっては被害は大きくなるだろう。

 ――出来れば砲撃で敵船の機能を停止させてから事を運びたかったが。

 考えが甘かった。他の事に気を取られて気付くのが遅すぎたのだ。

 「くそっ・・・!」

 下卑た笑みを浮かべて艦に手を掛けた男をそのまま切り捨てる。
 だが思いの外人数が多く、その間にもどんどん薄汚れた男達が美しい艦を血と泥で汚していく。

 そこはもうすでに戦場であった。しかも船体同士がぶつかる衝撃が走り、何人も海に投げ出されている。あからさまに士気の下がった海軍はバタバタとやられていった。

 目の端に船内にも入り込もうとしている輩を捉えた瞬間、目の前が真っ白になった。

 ――中には・・中にはセシリアが・・・!

 彼女の姿が脳裏に過ぎった瞬間心臓がおかしくなったと思うほど早鐘を打ち集中力がプツリと切れた。

 「―――っ!!」

 一瞬の隙に海賊はレイルの剣をなぎ払うと彼の懐に向かって剣を突き出す。


 「レイル―――!!!」

 空を舞う剣と共に鮮血が飛び散り、少年の白磁の肌に降り注いだ。  











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