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「大丈夫?セシリアさん・・」
「はい・・ありがとうございます」
優しい女性の声にセシリアは落ち着きを取り戻していた。
涙の止まらない少女の扱いに困ったレイルはこの艦にいる唯一の同性に任せる事にしたのだ。
人払いのされた静かな医務室に二人はいた。ヒルデもかなり体力が戻ったのだがまだ少し眩暈もするため大事を取っていたのだ。男ばかりの艦のためここが一番安全だとユーシスに薦められた事にもよるが。
涙を拭うセシリアをヒルデは静かに見守っている。
「ヒルデさんがいてくれて良かったです・・」
「女一人では何かと大変ですもの・・もう落ち着いた?」
「何かあんなに泣いちゃって恥ずかしいです」
今更ながらに赤面する。泣きながらレイルの胸にすがっていたと思うだけで顔から火が出そうだ。まだ髪に彼の指の感触が残っている気がしてそれを消し去るように頭を横に振る。
その様子にヒルデは何か感じたようで、セシリアにとっては鋭い一言を確かめるように口にした。
「・・・相手は艦長さん?それとも海賊王かしら」
「えっ!?」
「その顔は図星ね?」
あからさまに反応を示す年少の少女をヒルデは微笑ましく思いながら久しぶりに朗らかに笑った。
「ず、図星じゃないですよ!それにどうしてそこでレイルとルキアが出てくるんですか!」
「見ていればすぐに分かるわよ・・皆まだまだ子供ね、態度に現れているわ」
「う・・」
言い返すには分が悪かった。黙り込むセシリアにますます妖艶に笑みを深めるが、ふと表情を曇らせた。
「あなたには不思議な魅力があるわ・・・グレイン様もそこに惹かれたのね」
ヒルデ自身意識して言葉にしていたわけではなかったようで、セシリアの驚いた顔を見てようやく自分が何を言ったのか理解したようで、慌てて否定する。
「誤解しないでね!?もうグレイン様の事であなたを恨んでいるわけではないわ・・グレイン様の事はもういいの」
本当だろうか、と眉を寄せたが彼女の顔は赤みを帯びて何かを恥らっているようだった。
「ヒルデさん?」
「・・最初はグレイン様の事を思っては泣いていたわ・・でも最近は・・ある方のおかげで笑っていられる」
「それってまさか――」
思わず身を乗り出した時、誰も入ってこないはずの扉が勢い良く開けられた。
扉はセシリアの背後にあったが、目の前のヒルデがみるみる青褪め体を震わせたためそこにいるはずの人物に見当がついた。
間違いであって欲しい、と思いつつ恐る恐る振り返った先にはやはり予想通りの人物が立っていた。
「グ、レイン様・・・」
「あれ?ヒルデ?」
ガタガタと震えるヒルデの様子に全く頓着せず首を傾げながら遠慮もなく医務室へ入って来た。
「どうしてあなたがここにいるの!?牢にいたはずじゃ・・」
「飽きちゃってさ〜脱獄して来たんだ」
ちょっとそこまで、と言うような気軽な雰囲気に飲み込まれそうになる。海軍の牢を簡単に破るなんて信じられない事なのだが、彼なら、と思えるから恐ろしい。
「それよりもさ、何でここにヒルデがいるの?」
「あ・・・」
「ちょ、ヒルデさんに近付かないで!」
今にも倒れてしまいそうな女を庇うように立ち塞がったが、何を考えているか全く読めない男にセシリアもまた恐怖を持っていた。
「何でそんなに二人して怯えてるわけ〜?」
ゆっくり獲物を追い詰めるのを楽しむように目を細めて足を進める海賊に逃げ出しそうになる足を懸命に叱咤する。
あと一歩、と言うところで鋭い声がこれを止めた。
「俺の婚約者に触れるな」
グレインの脱獄を聞いて探していたのだろう、息を切らしたレイルが麗しい美貌を怒りに染めて海賊を睨む。その背後にはホッとしたように息を吐くユーシスがいた。
ユーシスの姿を目に留めた瞬間ヒルデは体の力が全て抜けてしまったのか、その場に崩れ落ちた。
レイルは剣を抜き丸腰のグレインに向ける。
「そんなに怒らないでくれって。まだ何もしてないんだしさ〜せっかくの美人が台無しだ」
「黙れ。貴様、自分の立場を分かっているのか?捕虜なんだぞ、貴様の仲間はこの船にはいない」
降参、と言う風にヒラヒラと両手を上げながらしかし余裕の笑みで少年を見る。
「そんな事言っていいのかな?協力しようと思ってこうして抜け出してきたってのに」
「何だと?」
「俺の船と配下にしている海賊船を合わせれば結構な戦力になると思うんだよね」
「・・・何を考えている」
剣を握っている手に力を込め、ブルーグレーの目を細める。グレインは特に怯んだ様子も見せず少し肩を竦ませただけだった。
「最初に言っただろ?面白そうだから。それに俺のポリシーに反するんだよ、その海賊」
「ポリシーだと?」
「海に出てこそ海賊、だろ?陸に留まる時点で奴らは海賊じゃない・・・そんな奴らが最強の海賊名乗るなんて許せなんだよね」
最後こそおちゃらけて見せたがその瞳には鋭い光が宿り、底知れぬ怒りと共にこの男が真実の海賊である事を伝えていた。
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