突然顔を険しくさせるとルキアはムッツリと黙り込んでしまった。だがセシリアにはその先を聞かなくても結末の予想はついており、それが真実であると確信もしていた。

 「・・もういいよ?無理して話さなくても」

 辛い経験を思い出させる事は本意ではないのだから。
 だが、ルキアは気遣わしげな目で見るセシリアに自嘲すると唐突に右手を目元にやる。

 「・・・この目・・何色に見える」
 「え?・・・紅色・・に見えるけど」

 突然何を言い出すのかと思いつつも改めて海賊の目を凝視する。いつ見ても血のように濃い紅色が鮮やかにそこにはあった。
 だが、セシリアの答えにルキアは静かに目を閉じるとあちこち跳ねている黒髪を引っ張ると、

 「本当はな・・この髪と目は同じ漆黒だったんだ」
 「え!?」

 驚いて、さらにマジマジと見詰めるがどこからどうみても紅色にしか見えない。

 「・・目の色なんて変わるものなの?」
 「知らねぇ。だが、この紅色は本当は血の色なんだ・・オレの血で染まった」
 「どう言う事?」
 「アフツァルに目元を切られた。傷も浅く、すぐに医者に見せたから大丈夫だったんだが、次に目を開けた時にはもうこの色になってた」

 普通では考えられない事だがルキアはむしろその異常事態に感謝していた。

 「・・奴と一つでも違うところが出来たんだ・・オレはこの目の色、結構気に入ってるんだぜ?」
 「・・・アフツァル、さんは元々国の騎士だったんでしょ?どうして今は海賊に・・?」
 「さぁな」

 それは、これ以上踏み込むなと言う拒絶に見えた。セシリアも何を言えばいいのか分からずに途方に暮れてしまう。
 何とかルキアに協力を求められないかとユーシスにも頼まれ、自分自身もまたそれを願っていた。

 「・・あの・・ルキア・・」
 「リオール王国についてなら止めてくれ・・オレは何の協力もしない」
 「そんな・・いくら恨みがあるとはいえ、あなたの国なのに・・人だって沢山暮らしてて、皆海賊の脅威に怯えてるのよ!?」
 「関係、ない」
 「罪もない人達が死んでいくのをただ見ているだけだって言うの!?それでも海賊王!?」
 「・・そんなに協力して欲しいなら協力してやるよ」

 そして無言で近付いて来るルキアにセシリアは本能的な恐怖を感じて後ずさるがすぐに壁に背中が当たってしまった。

 「ルキア?」

 血を吸い込んだ瞳が揺らめいて欲望が見え隠れする。繊細なレイルの指とは違い、無骨なそれが頬を撫でる。
 背筋がゾクリとした。その瞳に捉えられたように動けなくなり、彼が触れている部分だけ妙に生々しく感じられた。

 「・・さっき言ったよな?オレ、あんたが好きなんだ」
 「・・っ」

 スルスルと撫でられて首筋に降りる。くすぐったさに身をよじったところで耳元で囁かれた。

 「あんたがオレのものになるなら協力してやるよ」

 他の誰よりも甘く、色っぽい囁きに少女は一瞬思考が停止した。

 ルキアはそのまま唇を彼女の艶やかなそれに重ねようとした。


 パチン


 打ち寄せる波の他に渇いた音が室内に響いた。


 「ってぇ・・」

 小さく呟き、赤くなった頬と切れた唇を拭う。
 セシリアを見ると、荒く息をしながら彼を叩いたその手は小刻みに震えていた。

 「・・女に叩かれるなんて海賊王が笑えるわ・・!」
 「なんだと・・?」
 「過去から・・全てから逃げて・・それでも男!?関係ないとか、ふざけないでよ!あなたみたいな人のものになるくらいなら死んだ方がマシよ!」
 「てめっ・・」

 カッとなったルキアに襟元を掴まれるが、それでもセシリアは止めなかった。臆する事無く睨み返す。

 「海賊なんてやって、貴族から奪っても何も変わらない!あなたがすべき事はこんな事じゃないはずだわ!」
 「あんたに言われる筋合いねぇよ!」
 「筋合いなんてどうでもいいわ!・・あなたみたいな人の協力なんていらないわよ!いつまでもそうしてウジウジ隠れてるといいわ!この意気地なしの卑怯者!」


 最後は叫ぶほどとなっていた。呆然と目を見開くルキアを一瞥した後すぐにセシリアは部屋を出て行った。

 「う・・・っ」

 泣きそうになるのを必死に堪えながら震える足を叱咤して部屋から離れる。
 室内からでも足音が遠ざかっていくのを感じられたが、しばらくルキアは呆けたように立っていた。しかし、

 「くそっ!!」

 自らの拳を壁にぶつけ、悔しげに唇を噛む。

 「そんな事・・分かってる・・!」

 だが、どうしてもあの国へ行く勇気が出ない己の弱さに絶望と吐き気がした。











BACK  NOVELS TOP   NEXT