「ある日、城から迎えが来た」

 突然の事であった。何の前触れもなく、本当にある日突然王宮付きの騎士達がルキアと母親の住む宿屋に来たのだ。
 ルキアが王の子ではないか、と言う事は近所では誰もが知っている噂話であったが、彼らの訪れによりそれは真実であると確信された。

 「女好きな王には世継ぎ王子は勿論、他にも何人か王子はいたからオレなんて必要なかったんだ・・・ずっとな」
 「でも・・だったらどうして突然?」

 もっともな疑問を口にするセシリアをルキアは少し気まずそうに見やり、これは後から聞いた話なんだ、と言いにくそうに話し始めた。

 「王子達が全員暗殺されたんだ」

 その時、王宮では正妻と寵愛を一身に受けていた側室との間で世継ぎ争いが起こっていた。だが、いくら寵妃と言っても身分は正妻には敵わないため、第一継承権が正妻の王子が持っていた。
 しかしその王子は病気がちで風邪をこじらせて死んでしまった。本当に単なる病気であったのだが、正妻は最愛の王子を失ったショックで気を病んでしまい、王子は側室に殺されたのだと思うようになった。

 王に訴えても所詮は政略結婚の正妻なので寵妃ばかりを気遣い蔑ろにされた。王の冷たい態度も彼女の心を病ませていった。

 苦しみは憎しみに変わり、それは形となって現れた。


 「月に一度の王族の晩餐会で食事に毒が盛られたらしいぜ」
 「毒・・・でも全員死んでしまうなんて事・・」
 「ゆっくりと症状が現れるタイプのものだったらしくて、皆気付かず食事してたらしい」

 そして一人、また一人と倒れていく中で正妻は高らかに笑いながら自らも毒を煽って死んだ。
 すぐに医者が処置をしたが、まだ小さな王子達は毒に耐えられず死んでしまい、妃のほとんども命を落とした。

 王は何とか一命を取り留めたが危篤状態であった。

 「世継ぎのいなくなったいつ死んでもおかしくない王を前に大臣達が何を考えたかはまぁ分かるよな」
 「・・だから唯一の王の息子であるルキアを・・」
 「しょうがなくってやつだ・・そんなもんでオレ達の人生をめちゃくちゃにしやがって・・」

 最後の方は独り言のようになっていた。ギリッと歯を噛み締めて悔しさを露にする海賊の血色の瞳には深い憎しみと悲しみが垣間見えた。


 何の前触れもなく訪れた騎士達に母は困惑したが事情を聞いて初めは素直にルキアを差し出そうとした。元から壁があった親子関係であり母親もいつかこうなる日が来るのではといつも考えていた。
 ルキアを嫌っての事では勿論ない。むしろ息子を思っての行動であった。決して裕福とは言えない暮らしよりも城へ行った方がルキアも幸せになれるだろうと考えたのだ。


 「だけどオレは城になんて行きたくなかった・・」

 裕福とは言えなくても母との慎ましい生活はルキアにとって幸せな日々であった。初めはルキアを城へやろうとしていた母も行きたくないと必死に訴える息子にやはり情が湧いて手放したくないと思ってしまった。




 「ルキアは私の・・私だけの息子です・・この子が王の子であると言う証拠でもあると言うのですか」
 「・・ルキア様のお顔を見れば誰もが王の御子であると分かりましょう」

 静かに、しかし冷たく騎士団長であるアフツァルは言った。
 彼の言葉通り、ルキアは父親である王と良く似た面影を持っており王の顔を知っている者であればすぐに二人が血縁関係であると分かるだろう。

 「・・他人の空似です!ルキアは・・」
 「抵抗すれば無理にでも、と言う許可も受けております。出来れば抵抗せずにお渡し願いたい」

 軽く剣の柄に手を当てる騎士は斬る事も辞さない、と言外に伝えてくる。母は怯えるように後ずさったが、息子の不安げな顔を見て叱咤されたのか、

 「脅しても無駄です・・!この子は渡しません!」
 「・・・一日考える時間を差し上げます。明日の夕方、また窺いますのでそれまでにご決断願います」

 受け入れる返事しか認めない、と言う風に素っ気無く言うとぎっしりと金貨の詰まった袋を机に置いて、騎士達はその場を後にした。
 完全に彼らの気配が消えた事を確認すると母は机に置かれた袋を忌々しく睨み、ルキアを抱き締めた。

 「こんなものでもうあなたを手放したりしないわ・・でもこのままだといつか連れて行かれてしまう・・」
 「・・逃げよう、母さん。国外に逃げればきっと奴らも諦めるよ」
 「でもそんな簡単に・・」
 「大丈夫だよ、オレが付いてる・・それにこの国は内陸国だしきっと大丈夫だ」

 僅か12歳ほどの少年にしては聡明であったルキアに母は戸惑いつつも従った。



 そして夜、闇に紛れて二人は僅かな荷物だけで家を飛び出した。きっと上手くいくと思っていたが、相手は王宮付きの騎士だ。一筋縄ではいかなかった。


 「・・こんな事だろうと思っていました」

 アフツァル達は二人が逃げるだろう事を想定して一日の猶予を与えたのだ。逃げたとなればやむを得ないとして無理に連れて行く事が出来る。

 今度は手に掛けるだけでなく躊躇なく剣を抜く。

 「・・・まだ抵抗するようなら容赦はしません」


 二人に逃げ場などなかった。  











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