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「・・・お〜い?」
虚空を見詰め完全に思考も体も停止してしまったセシリアの顔の前で手をヒラヒラと振っても反応は返ってこない。
そこまで驚く事か、と疑問に思いつつ軽く頬を叩くとようやく少女の目に光が戻る。
「あ・・・」
「気付いたか〜?人の告白に固まるなんてちょっと傷つくぜ?」
まるで告白をしたとは思えない、おちゃらけた様子にセシリアは始め困惑していたが、すぐにこれは冗談なのだと言う結論に至った。
「・・もう・・驚かさないでよ・・たちの悪い冗談は止めて」
特に今は本当に心臓に悪い。レイルとの事もあり例え冗談だとしても笑えない。
「冗談じゃねーって。本気であんたに惚れてる」
「止めて・・・冗談にしておいて・・ルキアまで私を悩ませないで・・」
人が変わったような真剣な表情と眼差しにまさか、と言う気になるが本気にしてはいけないと首を横に振って否定の言葉を口にする。
色々な事が一度に押し寄せてきてただでさえ混乱しているのだ。これ以上惑わせないで欲しい。
しかし少女の切実な訴えを素直にきく海賊王ではない。彼にしてみたら意を決した告白が冗談で済まされそうとしているのだから。
からかうような光をその血色の瞳に宿し、俯くセシリアを覗き込む。
「ルキアまで?・・って事はオレの前にあんたを悩ませた男がいるって事?」
「え・・・っ」
予想通りの反応にますます笑みを深くするルキアは確信犯だ。全て分かった上で彼女をからかって楽しんでいる。しかしそうとは気付かない鈍すぎる少女はただひたすらに言葉に詰まっていた。
「えっと・・そんな事・・あの・・」
慌てる様子が愛らしくいつまでも見ていた気持ちにもなるのだが、いい加減可哀想に思い助け舟を出してやる。
「まぁあんたとあの男ののろけ話をこれ以上聞きたくもねぇし」
言うと、セシリアはホッとしたようにしたがすぐに複雑そうに口を曲げる。のろけと言われたのが気に食わないのだろう。
本当に一体どこまで鈍いんだと呆れつつもルキアとしてもこれ以上他の男の話を切り出す事もせず、スッと笑いを引っ込めた。
「・・初めてなんだぜ?本気で女を好きになったのは」
海賊の頭だ。当然色恋沙汰は様々あったがその全てが遊びと言っても良いものであった。一生それでいいと思っていた。けれども、気がついたら――
「好きになってたんだよな・・」
貴族のお姫様なんて一番対象外であったはずなのに。
「・・オレは人を本気で好きになる事が出来たんだな」
普通なら当然の事でもルキアには驚くべき事実として受け止められたようで驚愕に目が見開かれる。
だが次の瞬間には心の底から嬉しそうに、安心したように目を瞑り、頭を垂れた。
「オレは奴とは違った・・」
「奴・・?」
聞いてもよいか戸惑われたがやはり好奇心が先にたってしまう。恐る恐る聞くと案外簡単にルキアは口を開いてくれた。
「オレの・・親父だよ」
「親父って・・お父さん・・!・・それってつまり――」
「そう・・一応、王様らしいぜ。オレには関係ねぇけど」
親子だと思うだけでもおぞましい、と吐き捨てるように呟いてから海賊は少女との約束を果たすために語り始める。
「奴は本気で人を愛した事がない男だったらしい・・正妃も側室も全て奴にとっては遊び・・飽きればすぐに他の女・・それが繰り返しだったようだ」
そこで一旦言葉を切ると悔しげに唇を噛んで拳を握り締める。おそらくルキアにとってこの先話す内容がとても重要なものなのだろう。
「・・母さんは街外れに住む宿屋の娘だった。王である奴と関わる事なんて本当はなかったんだ」
だが、二人は出会ってしまった。たまたま遠出をした先で王に見初められてしまったのだ。だが王は身分の低い女を戯れにしただけで側室にする事もなくそのまま捨て置いた。
「ほどなくしてオレが産まれた・・母さんにとっては決して望んだわけではないのに・・オレを可愛がってくれた」
だが、子供心に感じてはいた。母との間に見えない壁がある事を。どこか余所余所しい母の態度をずっと疑問に思っていたのだが、
「・・それはオレが王の息子だからだったからだと分かった時は全てが終わっていた」
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