11
随分長い間闇の中に囚われていたような気がする。
「・・・う」
ぼんやりと目を開けると見慣れた船内の天井が見えて、ゆらゆらと艦に打ち寄せる波の振動も感じる。
不思議と目覚めはいい。こんなに眠ったのは随分久しぶりな気がする。
だが、いつものように起き上がろうとして左肩に強烈な痛みを感じようやく自分が負傷したのだと思い至る。
「そうだ・・・海賊達は・・・!」
こんな所で寝ているわけにはいかない、とベッドから降りようとしたが、
「まだ寝てろ。そんな怪我で動かれても迷惑なだけだ」
「・・貴様・・」
呆然とブルーグレーの瞳が映し出したのは血色の目をした若き海賊王であった。
眉を顰める秀麗な顔を苦笑しながら受け止め、ゆっくりとベッドに近付く。
レイルはすぐさま己の剣を探したが、それは部屋の隅に立てかけられており手が届くはずも無かった。
「別にあんたに何かしようってわけじゃねぇよ」
「・・・敵は」
「大半は死んだが、生き残ってる奴はオレ達の代わりに牢にぶち込んどいた」
レイルはますます訝しげに眉を寄せる。その目が語っている――なぜだ、と。
「別にあんたら海軍を助けたわけじゃねぇ。この艦に沈まれたらオレ達もお陀仏だろ?」
まだ死にたくないんで、と軽く片手を上げる少年にしかしレイルは警戒を解こうとはせず、相変わらず鋭い目線を向けている。
「・・それだけではないだろ・・何が目的だ。今まで部屋に閉じ篭っていた奴がなぜ・・」
「・・自分の宿命と向き合ってみる気になったんだよ。そのきっかけは・・・来たな」
「何が・・・」
来ると言うんだ、と言葉が続く前に遠くからバタバタと荒々しい足音を耳にし、扉を見つめた瞬間ずっと焦がれていた人物が目に飛び込んで来た。
「レイル・・・!!」
「セ、シリア・・」
少年の姿を捉えた瞬間、堪え切れない感情が押し寄せてきてそれは涙となって現れた。
ぼやける視界に映るのは間違いなくレイルだ。青褪めて、血溜まりに倒れ、もう駄目なのかと思ったが間違いなく生きている。生きて、目の前にいるのだ。
「レイルッ!」
彼の温もりを確かめたくて怪我をしている事も忘れて抱き付いた。
弱っていたレイルは少女を受け止めきれず、そのまま仰向けにベッドへとダイブする事になってしまい珍しく慌てた。
「セシリア・・!」
肩を掴んで引き剥がそうとするが、彼女の顔を見た瞬間その手は止まった。
止め処ない涙を溢れさせて、レイルの顔にも雫が落ちる。少年の胸に置かれた小さな手は震え、嗚咽交じりの声は言葉にならない。
「・・・リア・・」
「ひっ・・レ、イル・・も、う駄目かと・・うっ」
しゃくり上げる少女に愛しさが込み上げて来て、引き離そうとしたその手で胸の中に抱き込んだ。
左肩に鋭い痛みが走るがそんな事は些細な事に思えた。彼女が無事ならそれでいい。
そして彼女の温もりを噛み締めるように目を閉じようとしたがそれは苦々しい声によって妨げられた。
「そう言う事は二人きりの時にしろよ。一応オレ、いるんだぜ?」
「っ!!」
レイルにしては珍しい事にすっかりルキアの存在を忘れていた。顔が火照るのを自覚しながら起き上がって彼女を抱き締めていた腕を緩める。
今だ泣き続ける少女の背中を宥める様に擦りながら、気まずさを払拭するように小さく咳払いをする。
「・・・話の続きだが、貴様は宿命に向き合ってどうするつもりだ」
「あんた達に協力する事にした。オレ達もリオール王国へ行く・・・国を取り戻す」
「そ、それ本当!?」
驚きの声を上げたのはセシリアだった。彼女もどうやら初耳だったらしい。涙が滲む目を丸くさせている。
ルキアは彼本来の不敵な笑みを零すと、
「あんたにあそこまで言われたからな・・いつまでも卑怯者じゃいられねぇ」
「あ・・あの、時は・・」
「謝んなよ、本当の事だ。それにあんたのおかげでようやく決心したんだぜ」
晴れやかに言うルキアは吹っ切れたようだった。部屋に閉じ篭っていた少年とはまるで別人だ。
「・・・そんなわけなんだけど、あんたはまだオレ達海賊の手なんて借りないか?」
問いかけつつ、もう答えは分かっていると言った風の海賊にレイルは釈然としない思いを抱きつつもセシリアの訴えかける目も手伝って小さく息を吐くと少しだけ警戒を解いた。
「・・・だが貴様、もう船などないではないか」
「敵船が二つあったから、傷が少ない方を貰う事にしたんだ。グレインも船に戻って色々準備してるらしいぜ」
「・・・海軍が海賊と手を組むなど・・前代未聞だな」
「上等じゃねぇか。常識を打ち破るってのもなかなか面白いもんだぜ」
そしてお互い口の端を持ち上げる。分かりにくいが、どうやら一時的にせよ和解をしたようだ。
その瞬間、全ての役者は揃った。レイルとルキア、そしてセシリア、三人の運命を決める決戦はまもなく始まろうとしていた。
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