10
海賊の重い剣を受け止め、ビリッとした痺れが両腕に走る。今まで剣を振るった事のない貴族の少女はひたすら防御するだけで打って出る事など出来はしない。
何度か懸命に受け止めている間にしっかりと剣を握っていたはずの手がふいに力が入らなくなり、ついに取りこぼしてしまった。
「あっ・・・!」
カランと虚しく音を上げるそれをすぐに拾おうとしたが海賊の方が早かった。素早く剣を蹴って彼女の手の届かないところへやってしまう。
それでは、と辺りを見回したが武器らしいものはなくセシリアは唇を戦慄かせた。
「ん〜?もうおしまいかな嬢ちゃん」
何度も見た事のある背筋がゾッとする厭らしい笑みを小汚い顔に乗せて、絶望に暮れる少女を追い詰めていく。
濁った目で品定めするように全身を見られ、身震いする少女を守るようにレンが小さな体をいっぱいに広げて彼女を抱き締めた。
「レン君・・・」
「んだ〜?このガキは」
睨む少年に気が障ったのか不機嫌になった海賊は今度こそ殺意を込めて剣を掲げる。
このままでは切られる、と咄嗟にセシリアはレンを引き剥がそうとしたが少年は彼女を守ろうと必死に抱き締め、離れようとはしない。
「―――レン君!」
もう駄目だ、と思い訪れるであろう痛みに備えて堅く目を瞑ったが、痛みの変わりに海賊の情けない悲鳴が二人の耳に飛び込んで来た。
驚いて目を開けると眼前に迫っていた海賊が苦しげに呻いて崩れ落ちていくところだった。衝撃で声も出ないセシリアは目に海賊の背後にいた人物が映った瞬間、息が止まった。
「・・・・・・・レイル・・・?」
それは確かに先程目の前で血溜まりに倒れ臥していた少年であった。しかし雪白の肌は青褪め、目は空ろで息遣いも苦しげで彼本来の美貌に陰りがある。
「レイル―――」
ぼんやりとセシリアを見ていた少年にもう一度確認するように名前を呼んだ瞬間、彼は意識を失ったのかそのままセシリアの方へ倒れ掛かってきた。
慌ててセシリアとレンで彼を支えたが、少年はぐったりと力無く、まるで死んでしまったようで――
考えてはいけない最悪の事態が脳裏に過ぎり、セシリアは必死に彼を起そうと体を揺り動かしたが、ぬるりとした感触にビクリとその手が止まった。
震える手のひらを見るとぐっしょりと血の色に染まっており、ようやく彼は刺されていたのだと言う事実に思い至る。
目を凝らすと左肩の辺りに大きな染みが出来ている。彼の軍服は緋色であるため血に気付かなかったのだ。海賊に無慈悲で残酷な彼に与えられた特別な軍服は返り血が目立たないための緋色。まさかその軍服がレイル自身の血で汚れようとは。
幸い致命傷ではないようだが出血がかなり酷い。すぐに手当てをしなければ命に関わるだろう。
だが、彼を船内に運び入れようにも海賊はそれを阻むかのように次々と彼らに襲い掛かろうと向かって来る。
意識のないレイルに甲板で必死に応戦するルキアや海軍達。もう助けてくれる人など――
「ヒーローの登場〜」
戦慄した刹那、その場に相応しくない陽気な声が降って来た。
ケラケラと楽しそうに笑いながらセシリア達を見下ろすもう一人の海賊王。
「グ、レイン・・・」
セシリアの呆然とした呟きに不敵な笑みを浮かべると彼女の腕の中にいた海軍の少年を覗き込んだ。
「せっかくの美人が台無しだな〜。ほら、早く医務室に運んでやんないと」
「え、まさかあなたも戦う気・・なの?」
「ルキアが戦ってんのに見てるだけってのも俺のポリシーに反するわけ」
そうしてスラリと剣を抜くと彼らを守るように海賊達を迎え撃つ。
あっという間に切り伏せると首だけを背後に回し、一言行け、と告げると彼は甲板へと走って行った。
信じられない思いでそれを見届けた後、セシリアは震える足を叱咤して立ち上がるとレンと協力してなんとかレイルを船内へと引き入れ、半ば引きずるようにして医務室へと急いだ。
喧騒を背に、レイルの無事だけを祈って。
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