セシリアは医務室へと向かっていた。その手には瑞々しい桃が綺麗に剥かれて皿の上に盛られている。

 彼が寝ているであろうベッドにひょこりと顔を出したが、

 「レイルが好きだった桃を剥いてきたんだけどー・・・あれ?」

 そこはもぬけの殻であった。まだ傷も完全に塞がっていないと言うのに一体何処へ行ってしまったのだろう。

 「レイル・・・」

 きっと無理をしているに違いない、と少女は眉根を寄せた。どこかで倒れている可能性もある。
 脳裏に血溜まりの中に倒れるかの光景が呼び起こされ、セシリアはいてもたってもいられなくなって走り出した。

 何となく彼女には予感があった。レイルはきっと―――甲板にいると。

 まだ血糊の多く残るそこは彼女にとっては恐怖でしかなかったが及び腰になるのを叱咤して恐る恐る外へ出るとすぐに眩しい太陽の光に目が眩んだ。

 ――久しぶりに外へ出た気がする。

 事実、彼女はあの戦闘以来一度も船内から出なかった。随分体が鈍ってしまったようだ。
 手をかざして光を遮りながら目を甲板に走らせると予想通りの人物がそこにいた。しかし予想外な事に剣を振るっているではないか。

 「ちょっと、何やってるの!?そんな事したら傷口が開くわ!」

 見ると巻かれた包帯に血が滲んでしまっている。
 そんな彼女の心配を横目で見るがレイルは気にする様子もなく剣を振り続ける。

 「レイル!!」
 「・・・もうすぐ戦いが始まると言う時に寝てなどいられない」
 「それは分かるけど、その前に怪我を治さないと・・・また倒れたりしたら・・」
 「それでも・・じっとしていられないんだ・・・奴ともうすぐまみえると思うと・・」

 剣を下ろし、自らの手のひらを眺めるレイルのブルーグレーの瞳が揺らいだ。7年間追い続けて来た海賊とついに決着をつけるのだ。

 「・・・でも、今はお願いだから休んで」
 「しかし・・」
 「私がレイルの左肩分も頑張るから」

 思ってもみなかった言葉にレイルは目を見開いた。

 「もう皆に守られてばかりは嫌なの。勿論今でも随分足手まといだと思う。だけど、少しでも役に立ちたい・・・そのためなら私は剣を取る」
 「何を言っている!?剣を取るその意味を分かっているのか?例え海賊と言えどその命を奪う可能性もあるんだぞ」

 静かにセシリアは首を振った。

 「ありきたりかもしれないけど、私は人を傷付ける剣じゃなくて守る剣になろうと思うの」
 「そんな事・・・偽善に過ぎない」
 「そうね、偽善だわ。レイルを守る剣になるなんて」

 少年は息を飲んでマジマジと少女を見下ろした。その目が彼女の本気を物語っている。

 「だから、海賊と相打ちしようなんて考えないで」
 「・・・!」

 レイルの顔を見てやはり、とセシリアは息を吐いた。やはりこの少年は命を捨てる覚悟だったのだ。
 だけどそんな事――

 「絶対許さないから」
 「セシリア・・・」
 「二人で帰るの。帰って・・今度こそ誓いましょう。もう逃げたりしないわ」

 何を、とは聞かずとも彼には分かっていた。だが・・・

 「・・・いいのか、それで」

 それに答える事はなかったが、代わりにセシリアは綺麗に笑んで見せた。  











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