セシリアはある一室の扉を前に困惑気味に立っていた。この中に――ルキアがいる。

 アフツァルの衝撃の発言の後、色々揉めたがルキアは牢から出される事になった。ユーシスは海賊達全員を解き放とうとしたが、それだけはレイルが許さなかった。
 ルキアが今こうして牢から出ている事もまだ艦長は認めていない。


 ――セシリアさんに頼みがあるんだ。


 脳裏にユーシスの言葉が蘇る。だが、ルキアを訪ねるのはユーシスの頼みばかりではない。彼女自身、彼に直接会って色々話したかったのだ。
 けれどもルキアの光のない目や冷め切った表情を考えるといつものように接する事が出来るか不安になる。

 ルキアはずっと一言も話さず、ひたすらに全てを拒絶するかのごとく俯いていた。従順に部屋にも入り、日が高く昇っても何の音沙汰もない。

 食事も摂っていないのだ。彼女の右手にはお盆に乗った温かい料理があった。早くしないと冷めてしまう。

 「・・ルキア・・?今、大丈夫?」

 意を決して声をかけても室内からは何の返事も聞こえてこない。数度それを繰り返した後、入るよ、とだけ言って扉を開ける。

 「・・ルキア・・・」

 ぼんやりとベッドの上に座り込んでいる少年に出来るだけ明るい調子で話しかけたが、彼はこちらをチラリとも見ない。
 気落ちしそうになる心を必死に叱咤してお盆をテーブルに置くと、そっとベッドに近寄る。

 「何か食べた方がいいわ、温かいうちに、ね?」
 「・・・・・・いらねぇ」

 あからさまな拒絶の言葉だったが、反応を示してくれた事が嬉しくてセシリアは微笑んだ。
 それを目の端で捉えたルキアがきまり悪そうに横を向く。

 「・・何か用?」
 「え・・用って程ではないんだけどちょっと話がしたくて」
 「・・・さっきの話の続きなら出てってくれ」

 さっきの話とはルキアが王だと言う事だろう。先手を打たれて少女は迷った。彼女がしたかった話はまさにそれであったのに。


 「きちんと話したほうがいいと思うの・・皆に」

 迷った挙句、怯まず話をしようと決めた。そうでなくては一向に前進しないと思ったのだ、何よりルキアが。

 「海賊の皆も戸惑ってるよ?それに自国が危ないんだから・・・」
 「俺には関係ねぇ」
 「・・どうして?どうしてそこまで・・」
 「あんな国・・・滅べばいい」

 空ろな瞳に光が満ちる。だが、その光は仄暗い憎しみと言う名の光であった。
 どうしてそこまで自国を憎み、王子と言う立場を憎んでいるのだろうか。そういえばルキア達は貴族や金持ちの商人しか狙わないと聞くが何か関係があるのだろうか。

 「・・・理由を聞いたら駄目・・かしら」

 駄目で元々だったがルキアは自嘲気味に笑うとようやくセシリアと目を合わせる――いつみても血のような紅い目だ。

 「興味本位なら止めておいた方がいいぜ?オレの過去もなかなか壮絶だから」
 「・・それでも・・聞きたいわ」
 「・・だったらあんたの話も聞かせてくれよ・・どうしてオレ達海賊の仲間になったのか・・聞かせてくれたら話してやるよ」
 「どうしてって・・」
 「あのレイルとか言う婚約者が嫌で逃げたなんて・・・嘘だろ」

 大きくセシリアの肩が震えた事でルキアはそれを肯定と取った。

 「あいつ、あんたにベタ惚れって感じだったな・・あんたもまんざらじゃない」
 「そんな事・・・」

 すぐに否定しようとしたが、少女はハッとして唇に指をあてた。まだレイルとのキスが唇に残っている。

 ――愛していない・・・だが、俺は君と結婚する。

 態度と裏腹のレイルの本心が彼女には理解出来なかった。

 「レイルは私の事なんて・・・好きじゃないわよ」
 「ふーん?あいつも苦労すんなぁ・・まぁオレには好都合だけど」
 「え?」
 「あーこっちの話。で?話す気あんの?」

 いつもの人を小馬鹿にするような笑みに怒りながらも内心ではホッとしていた。

 「・・話すわ」

 確かにルキアの話だけを聞くのはフェアではない。彼も知っておく必要があるのだ――協力を仰ぐためには。    











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