「オレは国を出る」

 ふいに少年は立ち上がると強い口調でそう言った。ずっと傍らにいた青年は眉を寄せたがすぐに意味を理解した。

 「ですが・・あなたは我が国唯一の・・」
 「オレはルキアだ。ただのルキア・・それ以外の何物でもない」

 そしてゆっくりと閉じていた目を開くと、その瞳は漆黒から紅色へと変化していた。目尻から紅い涙が一滴零れ落ちる。
 青年は少年の目が見える事にホッとしたが、同時に彼の目が血を吸い込んで赤く色づいている事に大きな罪悪感を覚える。紅色の瞳が自分の罪を表しているようで。

 「・・・っ」

 思わず目を背けた青年を少年は諌めるわけでもなく見やるとおもむろに歩き出した。
 慌てて青年が追いかけるが、それに気付いていながら少年は立ち止まる事もしない。

 「ルキア様・・どこへ?」
 「言っただろ、国を出るんだ。お前は付いてくるな」
 「しかし・・」
 「オレは母さんを捨て、あれだけ苦労させた上に殺すような男の跡を継ぐつもりなんてない」

 口調は澱みなく、国を出ると言う決心の強さが伺えた。ルキアを城に連れてくるようにと今は死の淵にいる王に出された命令を彼は果たさなくてはいけない。
 そのためなら何をしてもいい、とまで言われていたが今になって手をこまねいていた。先程までただの子供だと思っていた少年が今は青年が気圧される程の覇気がある。その瞳に見詰められると膝を折らずにはいられない。


 ――この少年はまさしく王の気質を備えている。


 今はもうルキアしかリオール王国を救える者はいない。飢餓に苦しんで嘆いているこの国を救えるのは同じく民の苦しみを知る少年しか――

 「・・私もお供いたします・・王」

 少年の足が止まる。振り返った幼さの色濃く残る顔は怪訝そうに歪められている。

 「何を言っているんだ・・お前、オレを城に連れて行くんじゃないのか」
 「そうですが、今この時から私はあなたにお仕えする事に決めました。主が行くと言うならどこまでも行くのが騎士の務め」
 「・・ではこの国は・・」

 ルキアの呟きに青年はその無表情な貌に僅かであるが笑みを乗せた。

 「大丈夫です。しばらくは宰相が何とかするでしょう・・それに今のあなたを城へ連れて行ってもこの国を救う事は出来ません」
 「オレはもう国に戻るつもりはない」
 「いいえ、あなたは戻ります・・いつかきっと」

 ならば今は外に出るのもいいだろう。それはきっと少年を大きく成長させる事になるのだから。
 彼に流れる王家の血と罪の瞳が国を捨てる事を許さない。


 ルキアはしばらく青年を不審げに見ていたがふいに目を逸らすとまた歩き始めた。それは追随する事を許可する意味だと青年は捉えた。

 「王・・」
 「王ではない、ルキアだ」
 「いいえ、あなたは王です。それを忘れないで頂くためにも私は王と呼び続けます」
 「・・勝手にしろ」

 言葉通り、青年騎士アフツァルはこれからずっとルキアを王と呼び続けるのである――忠誠と戒めを言外に込めて。  











BACK  NOVELS TOP   NEXT