セシリアは口を閉ざすと軽くベッドの方を見た。
 少年はピクリとも動かずよく眠っている。呼吸も規則正しく、寝顔も少しだけ柔らかくなったようだ。

 「・・・あの、ユーシスさん」

 心を決めて、セシリアはユーシスに向き直った。ユーシスの方もセシリアの尋常じゃない様子に再び顔を引き締める。

 「どうしたんだい?」
 「・・レイルは仇の海賊を探しています・・復讐をするために・・でも私はこれ以上レイルに苦しんで欲しくないんです。復讐なんてしても虚しいだけ・・」
 「でも今のレイルは復讐のためだけに海軍に入ったんだよ?それを止めるのは簡単な事じゃない」

 その通りだ。止める、と言っても実際どうしたらいいのか分からない。レイルに笑顔を取り戻したいと思っても方法が分からない。

 「実は・・・私、海賊に連れ去られたんじゃないんです。自分から・・ルキアについて行った・・」
 「・・・そうか」

 思いの外ユーシスは驚かなかった。むしろ、全て知っていたような口振りにセシリアの方がたじろいだほどだ。
 怯む少女に青年は柔らかい笑みを浮かべて、視線をレイルに向けた。

 「でもそれはレイルとの結婚が嫌で逃げ出したわけではないでしょう?」
 「はい・・・突然の結婚に勿論戸惑いましたけど・・・でも私はレイルの復讐を止めたくて、他に方法が分からなくて・・」
 「・・その気持ちを素直にレイルにぶつけたらどうかな?レイルはセシリアさんが結婚が嫌で逃げたんじゃないかととても不安に思っているみたいなんだ」

 たまに柄にもなく沈んでいるんだよ、とクスクス笑うユーシスを見て、セシリアはこの人なら、ともう一度決意を固めた。この人なら、あの事を話せるかもしれないと。

 「あの、実は・・もう一つ、お話したい事があるんです・・・レイルの探している海賊の事で」

 いぶかしむ青年にセシリアはようやく一人で抱え込んでいたものをぶちまける事が出来た。

 「実は・・その海賊が今どこにいるのか私、分かったんです」

 でも、どうすればいいのか。レイルに言えば間違いなくそこへ向かう。それは避けなければならなかった。だが、このまま胸の中に留めておくのもどうか。

 「レイルのためにはどうすればいいのか・・・」
 「それは本当か」

 セシリアは凍りついた。その声がユーシスのものより幾分高く、しかも自分の背後から聞こえてきたからだ。
 絶望で頭が真っ白になりながらも振り向くと、思ったとおり、ベッドの上でレイルが憮然とした表情でセシリアを見ていた。

 「レイル・・・」
 「答えろ、セシリア。お前は本当に奴の居場所を知っているのか」
 「そんな・・・いつから・・」

 わなわなと体を震わすセシリアを支えたユーシスは申し訳なさそうに言った。

 「・・ごめんね・・知ってたんだけどレイルの誤解が解けるかと思って・・でもまさかこんな話になるなんて・・」

 間近で謝罪する青年の声は、しかし少女には届いていなかった。レイルにだけは知られてはいけないと思っていたのに、どうしようと言う思いだけが胸に渦巻く。
 レイルはと言うと、何も言わないセシリアに痺れを切らしベッドから降りて少女に近寄って行った。
 見開いたセシリアの目にレイルの怒れる顔が映った瞬間、彼女の華奢な肩が掴まれた。

 「答えろ!!」
 「・・・っ」
 「レイル!止めろ!」

 叱咤する声でようやく我に返ったレイルは自分が掴んでいた少女の顔を見て息を呑んだ。
 大きな翡翠の目から透明な雫が幾筋も流れ頬を濡らす。

 「あ・・・」

 戸惑ったレイルはすぐに手を放すと泣き続けるセシリアの対処に困り、ユーシスに助けを求めようと彼を見たが、ユーシスは少し肩をすくませ、レイルの肩を軽く叩いただけで部屋を出て行ってしまった。

 残された二人は当然気まずい雰囲気のままである。セシリアは泣きじゃくり、レイルはそれを途方に暮れたように見詰めていた。

 しばらく彼女のしゃくり上げる声だけが響いていたが、それを打ち破り、先に言葉を発したのはレイルの方だった。今度こそ手荒にならないように細心の注意を払いながらセシリアの肩を抱く。

 「すまない・・つい、手荒になってしまった」
 「・・っ・・いいの・・私・・・」

 伝えたい事が沢山あるのに、言葉に出来ないもどかしさから再び涙が溢れてくる。それを見たレイルは益々戸惑ったが、意を決したように息を吐くと、彼女を抱き締めた。
 その顔から女性的に見えるレイルだが、男らしい厚い胸板に抱きこまれて驚いたセシリアの涙も止まっていた。その代わりに体いっぱいにレイルを感じて鼓動が高鳴り、うろたえてしまう。

 「あの・・レ、レイル・・・?」

 セシリアとレイルは立場上は婚約者になるのだが、このように抱き締めるなどと言う行為は一切なかった。身を硬くするセシリアの様子を感じつつ、レイルはどうにも彼女を放してやる気にはならなかった。
 むしろ、抱き締めるだけでは足りないほどの愛しさが募っていき、レイルの胸を締め付けていく。こんなにも彼女を求めていた自分に気付き、驚愕したがそれを抑える事はもはや出来るはずもなかった。7年分の想いが今、止め処なく溢れ出して行く。

 「・・・リア・・」

 吐息まじりに囁かれた懐かしい響きに反応したセシリアが顔を上げるのと、レイルがゆっくりと屈んで頬を寄せるのはほぼ同時であった。











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