「俺は綺麗な女も気が強いな女も好きだが・・・」

 言いながら無表情に、座り込む女に近寄る男。レイルもファミーユも本能的に危険を感じていたが、あまりの恐怖に身動きが出来なくなっていた。
 ファミーユのすぐ傍まで来ると膝を曲げて女と目線を合わせる。

 「・・反抗的な女は好きじゃない」
 「!・・いやぁっ!!」

 凄い力でファミーユを押し倒す。したたか頭と背中をぶつけたがそれよりも今起きている状況の方が彼女に恐怖をもたらした。
 ドレスを引き裂かれて隠されていた雪白の素肌が外気に晒される。彼女は貴族の姫だ、本来ならば夫以外の男と会う事も少なく、肌を晒すなど皆無だった。
 羞恥心と屈辱を感じてカッと顔を上気させながら、逃れようともがくと、傍で怯えていた息子と目が合った。

 自分の血を色濃く受け継いだ愛しい我が子にこんな所を見せられない・・・!!

 貴族の姫と言う矜持と母の尊厳を力にして、ファミーユは一瞬の隙を見て、男の腰に提げられていた剣を抜きさった。
 だが、首に剣が押し付けられているにも関わらず、男は面白そうに笑うと自分の手が切れる事も厭わずにそれを握り締めた。

 「お前に俺が切れるのか?震えているじゃないか」
 「海賊などにこの身を汚されるくらいなら・・・!」

 剣を引き、男の指を切り落としてやろうと思ったがどれほど力を入れても剣はビクともしない。
 焦る女に手から血を滴らせながら男は囁く。

 「自害などしようと思うなよ?死体を抱く趣味はないんだ」

 舌を噛み切ろうとしたのを察したのか、海賊はファミーユの口に布を宛がおうとした。
 ファミーユは剣を放して必死に押し留めようとするが、難なくそれを封じ込めると両手を頭の上に縫いとめた。

 男は女が諦めたと思ったのだろう、剣を放り投げると己の血をぺロリと舐める。

 鈍い音を立ててそれはレイルの傍に落とされた。血が跳ねるのをただ恐怖に見開かれた目で見ていた少年は次の瞬間、さらなる恐怖に取り付かれる。

 「殺しなさい、レイル!」

 布が宛がわれるほんの僅かな時間に叫んだ母の言葉と眼差しに幼いレイルの心は震え上がった。
 誰を、とは言わなかったが少年には分かっていた。

 「で、きないよぉ・・・」

 出来るはずがない――母を殺すなど。
 矜持の高い母だ、海賊風情に身を汚されるくらいならば死を選ぶだろう。だが、それも許されない今、息子にそれを命じるとは。

 海賊も意図を察したのか身を起し、レイルを横目で見る。初め少女かと思ったほど、美しい少年だが母を助けるような強さは持っていないようだった。

 「・・坊主、お前に母親は助けられない」
 「っ・・」

 睨まれて生理的に涙が滲む。剣を取る事も出来ずに物陰に隠れようと後ずさる姿に心底ウンザリしたように男は息を吐いた。

 「母親とは比べ物にならない臆病者だな、それでも男か?」

 そして興味が失せたように再び母に手をかけようとする姿は涙で歪んで見えた。自分が酷くちっぽけに見えた。母を助ける事も出来ずに怯える事しか出来ない自分。父の言葉が蘇ってくる。

 ――お前は海軍には向かないな・・・本当に女に生まれてくれば良かったのかもしれない。

 自分は必要ないと言われている様で悲しかったが、同時に妙に納得していた。自分は父のように海軍で活躍できるような強さなど持っていない事はよく分かっていたから。
 泣き虫で臆病な自分、いつもセシリアに助けられてばかりだった。この先もずっとそれを繰り返すのか。

 ――この先もずっとずっと・・・そんな事・・・嫌だ!!

 「坊主・・お前には出来ないと言ったはずだ」
 「は・・母上を放せ!」

 いつのまにか剣を握り、震える膝を叱咤して立っている少年に海賊は冷ややかな目を向けた。
 本当に綺麗な少年だ。その手の金持ち共に売れば相当の高値になるだろう。だが・・・

 「悪いな・・・俺は今酷く機嫌が悪いんだ。弱いくせに向かってくる・・・お前のその目を見ていると、殺したくなってくる」

 怯えた目は嫌いではなかったが、この少年のそれは酷く男をイラつかせていた。先程女に引っかかれた頬もピリリと痛みが戻る。

 海賊はファミーユの上からその身をどかすとレイルに音も無く近寄った。その手にはいつ取り出したのか、短剣が鈍く光沢を放っていた。


 短剣が振り下ろされるのと、ファミーユが必死に体を滑り込ませるのはほぼ同時だった。

 レイルが頬に何か暖かなものが付いたと感じた時には視界は鮮やかな真紅に覆われていた。  











BACK  NOVELS TOP   NEXT