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部屋から出るとすぐにセシリアは声をかけられた。
「大丈夫でした?」
「あ・・ユーシスさん」
青年の笑顔にホッと息を吐くと、自分がとても緊張していた事に気付いて苦笑した。ユーシスはそんな彼女を不思議そうに見詰めた後、微笑を浮かべたまま、
「実はセシリアさんに会いたいと言っている人がいるんです」
「え、私に?」
「はい。どうしてもあなたに会って謝りたいと・・・」
「・・誰ですか?私、医務室に行かなければならないんですけど・・」
「それはちょうどよかった。その人も医務室にいるんです」
一体誰ですか、と聞いても会えば分かりますとしか言わないユーシスを不審に思いながらも彼に付いていくしかなかったセシリアだったが、医務室に入った途端、全て分かった気がした。
「セシリアさん・・」
「ヒルデ・・さん」
どうしてここに、と口に出すはずだった言葉はしかしヒルデの瞳を見て飲み込まれてしまった。彼女の今にも泣き出してしまいそうな瞳は後悔、絶望、歓喜、諦め――様々な感情が映し出されてセシリアを真っ直ぐと見ていた。
戸惑うセシリアとは裏腹にヒルデはすぐに駆け寄って、彼女の手を取った。
「どこも怪我はない?・・あぁこんなに痣が・・・私のせいですね」
「あ、あの」
「本当にごめんなさい・・許してくれるとは思っていないわ・・でも謝らせて・・ごめんなさい」
ポロポロと涙を流す姿を見てヒルデがどれほどに自分の過ちを悔い、責めたか安易に想像が出来た。
「もういいんですよ?私は無事ですし・・ヒルデさんの辛い気持ちもよく分かるから・・」
「で、も私・・・ごめんなさい」
何度も何度も謝るヒルデに困ったセシリアが助けを求めるようにユーシスを見ると、男は心得たようにヒルデをあやす様に肩を抱いた。
「そんなに自分を責めてなくてもいいんだよ。あなたは十分に苦しんだ・・もうお休み」
「でも・・ユーシスさん」
「彼女の手当ては僕がするから・・・ね?」
「・・・はい」
小さく頷いた刹那、彼女の体から力が抜け、倒れかけたところをユーシスがタイミングよく支えた。
「!?ヒルデさん」
「大丈夫ですよ・・まだ彼女は体力が戻っていないんです。それに今日はセシリアさんに会えると思って緊張していたんですね」
柔らかい笑みを浮かべてヒルデをベッドへと横たえる青年と何かに解放されたように安らかな寝顔のヒルデを見、セシリアはようやく肩の力を抜いた。
「あの・・どうしてヒルデさんがここに?」
「漂流している所を保護したんです。彼女の話であなたの事を知りました・・・ずっと後悔して泣いていたんですよ、彼女」
「漂流ってまさか・・」
「おそらく自ら海に飛び込んだんでしょうね」
「そんな・・・あ!今、グレインが船にいる事をヒルデさんには・・」
「勿論言っていませんよ。ようやく落ち着いてきた今、そんな事を言ったらどうなるか・・」
「そうですね・・ありがとうございます」
いいんですよ、と言ってくれる青年の優しさにヒルデもまた救われたのだろう。
自然と笑顔になりながらヒルデを見詰めていると、いつのまにか救急箱を手に持ったユーシスが、
「さぁセシリアさんも手当てをしますよ、座って下さい」
「すみません」
素直に腰掛けるとさっそく手当てを受ける。手際よくこなす様子に感心していると、青年が言いにくそうに切り出してきた。
「レイルはどうでした?何かされたりしませんでした?」
「いえ、特には・・あまり会話も出来なかったんです」
「はは・・不貞腐れているんですよ・・」
「はぁ・・・あ、あのそう言えばレイルって何か病気とかありますか?」
「病気?」
途端に表情が厳しくなる副艦長に少女は慌てたように手を振りながら、
「別に大したことじゃないと思うんですけど、少し顔色が悪くなって頭を抱えたので心配になって」
ユーシスはそれを聞いて、複雑そうに顔を歪めて手を止めた。
「・・たまにね発作のようになるんです。別人のように人が変わったり苦しんだり・・医者に見てもらおうと思っても本人が拒否してね・・どうやら精神的なもののようだけど」
「精神的・・・」
ますますレンと同じではないか。華奢になった彼の腕が折れそうな少年のそれと重なり、ますますセシリアは不安げに顔を曇らす。
「レイルは大丈夫でしょうか・・」
「あなたが一緒にいれば大丈夫ですよ、きっと」
「え?それは一体・・」
「はい、出来ました。あなたもそろそろお休みになった方がいいですよ。部屋を用意したので案内します」
セシリアはまだユーシスに聞きたい事があったが、不思議とそれ以上聞いてはいけないような気がして仕方なく立ち上がった。
途端、船が大きく傾いて反動でセシリアはまた椅子へと勢いよく座り込んでしまった。
「な、何なんですか?」
「大丈夫ですか?もうすぐ嵐が来そうなんですよ・・夜の内に通り過ぎると思いますが波が荒れて船が傾くと思うので気をつけて下さいね」
「嵐って・・大丈夫なんですか?」
「それは心配いりませんよ。我が国を代表する艦ですから、これは。ちょっとの事では壊れません」
「はい・・」
言われても、どうにも胸騒ぎが収まらず通された部屋に入ってベッドに横になっても一向に睡魔は襲ってこなかった。
船内にいても聞こえる激しい雨の音と打ちつける波の音がどんどんと大きくなる。
嵐が、来る。
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