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 朝になると嵐も通り過ぎ、嘘のようにいつもの穏やかな海に戻っていた。レイルは約束通りルキア達が閉じ込められている牢へとセシリアを連れて来た。


 牢に近付くごとに何やら騒がしい声が聞こえてくる。言い争う声とそれを留めるような声が混ざり合って、内容までは理解出来ない。
 少なくとも言い争いを出来るほどの体力はあるのだ、と思いセシリアは少しだけ安心した気持ちで歩みを進めると厳重に守られた扉が目の前に迫ってきた。

 扉の前には海軍の兵士が二人立っており、二人の姿を認めると慌てて頭を下げて扉を開け始めた。こう言う場面を見てしまうと本当に彼が海軍の幹部であり、この艦の艦長である事を思い知らされてしまう。

 「?どうした、入らないのか」

 ボーッとしている内に扉が開き、レイルはすでに中へと入ってセシリアを待っていた。
 小さく謝ると兵達に頭を下げつつ慌てて中に入る。

 牢と聞いていたので凄く衛生上に悪いとか、暗闇、と言った想像をしていた少女はあまりの違いにしばらく呆然と立ち尽くした。確かに普通の船室に比べると見劣りするが、耐えられないと言うわけでもなさそうだ。

 周りをキョロキョロと見渡す少女に少年が再び声をかけようとしたまさに同じ時、室内の奥から驚愕の声がした。

 「セシリア・・・!?」
 「えっ・・・」

 咄嗟に声の主を探して、セシリアもまた驚愕した。酷く懐かしく感じる猫っ毛の黒髪に血色の瞳の傍には同じく懐かしい面々が揃っていた。

 「嬢!無事だったか!」
 「セシリア〜!!」

 彼らの心底ホッとした顔にふいに熱いものが込み上げて来る。必死に耐えようとしたが感情が溢れてそれが涙と言う形で流れ出るのは時間の問題だった。

 「皆・・・っ」

 駆け寄ろうとした彼女はしかし強い力で引き戻された。セシリアの腰に腕絡めている人物、レイルはルキアを無表情に見やった。
 二人とも会話をするわけでもなく、ただ睨み合う。間に挟まれたセシリアは居心地の悪さに身じろぎしながら助けを求めるように海賊達を見る。
 その中で彼女の助けに応じてくれた者がいた。

 「こんなところで愛憎激繰り広げるなよ〜お嬢さん、困ってるじゃん」

 にやにや、といかにも状況を楽しんでいますと言う顔を隠す事もなくグレインが言うと、レイルがばつの悪そうに眉を寄せてセシリアから腕を外す。
 ルキアはグレインを忌々しげに横目で見やるとクシャクシャと髪をかきあげた。

 「お前マジで何でここにいるわけ?一緒の牢に入る意味が分かんねぇ」
 「そんなつれない事言うなって〜俺とお前の仲じゃん?」
 「どんな仲だ!触んじゃねぇよ」

 馴れ馴れしく肩を抱いてくるグレインの手を払いのけると距離を取ろうとするルキア。二人の掛け合いは自然と笑いを誘うもので、あれほど剣呑であった空気が一気に和んだ。
 少しだけグレインに感謝すると、確かめるように足を踏み出す。今度はレイルも止めようとはしなかった。

 「レン君・・大丈夫?」

 セシリアの目にレンは酷く弱弱しく映った。回復してきて少し肉も付いてきたと思っていたのに、久しぶりに見る少年は前にも増して華奢で顔色も良くなかった。
 しかしレンは嬉しそうにセシリアを見上げると、細い腕を牢の隙間から出して彼女の手に触れる。

 「心配したんだぞ・・」
 「うん・・・ごめんね、ありがとう」

 泣き笑いの表情を浮かべる彼女に照れながらも涙を拭おうと必死に腕を伸ばすが、

 「少年!お前ばっかりいいとこ取りはないんじゃないか〜?」
 「うわっ!」

 ターゲットをレンに変えたグレインが少年を後ろから羽交い絞めにする。セシリアは止めようと声を出しかけたが、グレインがきちんと力を加減している事が分かると口を閉ざす。
 レンも本気で嫌がっている様子ではなく、グレインと楽しそうにじゃれているようにも見えた。

 しばらく二人を微笑ましく見守っていた彼女であったが、後ろからこれ見よがしに咳払いをされると慌てて二人の間に割って入った。

 「あのね!ちょっとレン君に聞きたい事があって・・」
 「何々お嬢さん?何でも答えるよ」
 「お前じゃないだろ!・・何?」

 何とか青年の腕から抜け出すと無邪気に尋ねてくる少年を見て、セシリアは一抹の不安を覚えた。
 レンの故郷の事だからレンに聞けばいい、と簡単に思ってしまったが、レンにとって決していい思い出があるとは言えない故郷での暮らし。それを思い出させるような事を聞いてもいいのだろうか。

 考えれば考えるほど自分がとても無神経な事をしようとしていると言う罪悪感が湧き上がってきて、聞くに聞けなくなってしまった。

 「どうした?」

 レイルに不審げに聞かれても、セシリアには何と言っていいか分からなかった。レンの前でまさか彼の過去を暴露するわけにもいかない。
 何も言わずに目を泳がせる少女に軽く舌打ちをすると、レイルは不思議そうにこちらを見ていた海賊の少年を睨みつけるようにして見る。

 「お前、出身はリオール王国だそうだな」
 「え・・・!?」
 「これから艦はそこへ向かう。その前に国について知っている事を全て話せ」

 尊大な艦長の言葉に敏感に反応した人物が一人。それは尋ねられたレンではなく――

 「リオール王国だって・・・!?」

 血色の瞳に驚愕の色を乗せるルキアであった。











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