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「・・・ごめんなさい」
沈黙を破った少女の静かな声にレイルは弾かれたように顔を上げた。秀麗な顔には焦りと不安が滲み出ておりいつもの余裕は微塵もない。
「・・セシリアなんて人知らないって言って・・本当は知ってるのに」
「では・・」
「セシリアお姉ちゃんは私の家で暮らしてるの」
「・・・そうか・・生きていたか・・」
レイルは何度も何度も口中で生きていたと確かめるように呟いて、ようやく肩の力を抜いた。
ユーシスもやんわりと笑みを浮かべながら少年の肩を叩いてチェルシィの前に進み出た。
「ありがとう。僕達も一緒に二人を探すから」
「・・・うん・・でもどこを探せばいいか・・」
「何か心当たりとかないかな?」
「うーん・・・」
少し考え込んでから、チェルシィはあっと小さく声を上げた。
「もしかしたら・・・」
その後紡がれた言葉にユーシスもレイルも言葉を失くした。
この島があまりに平和に見えるから忘れていた。ここ、ベガス島が今でも軍事利用されている事を。
「お姉ちゃん、崖の向こうをすごく気にしていたから、もしかしたら・・・」
「崖の向こうには一体何が?」
「分からないの。お兄ちゃんが絶対に行っちゃいけないって・・」
レイルの目が鋭く光る。
「・・そこにこの島の裏の顔があるわけか」
「セシリアさんもそこに?」
「・・・分からないが可能性は高い。行くぞ」
素早く店を出ようとしたレイルであったが、後ろから引っ張られてそれはかなわなかった。
見ると、チェルシィがレイルの軍服の裾を必死に掴んでいた。
「・・・おい」
「私も連れて行ってよ!一緒に探すって言った!!」
思わず言葉に詰まる。連れて行きたいのは山々だが、危険が多い事は分かっているのでそれは憚られた。
だが、泣きそうな顔で必死に頼まれては強く出る事も出来ずにレイルは渋々ユーシスに助けを求める。
その眼差しを受けてユーシスは苦笑しながらチェルシィの手を揺らした。
「いいよ、一緒に探そう」
「おい・・」
「うん!探す!!」
そして歩き出す二人を呆れたように見ながら店を出るとすぐに数人の気配を辺りに感じてレイルはようやく納得をする。
「・・ボディーガードのつもりか」
確かに海軍の軍服を来て何人も連れ立って歩けば目立つ事は必至であり、いるであろう海賊を刺激する事になるだろう。
「レイルは僕達の艦長だからね」
彼の声が聞こえたのか数歩先にいたユーシスが顔だけ後ろに向けて面白そうにそう言ったのをレイルはいつもの仏頂面で聞いていた。
「・・・これは・・」
その光景にレイルは思わず絶句した。
これがベガス島の本当の姿。辺りを見回すと国から指名手配されている海賊の顔もちらほらと見える。
チェルシィも予想だにしていなかった事に恐怖してユーシスの影に身を隠した。
ユーシスはそっとその肩を抱きながらレイル同様に驚愕していた。どうしてこのような島をいつまでも放っておいたのだろうか。無法地帯もいいところだ。
しばらくしてようやくレイルが意を決したように進み出すと今まで雑談していた者達がピタリと口を噤んだ。
当然だ。海軍の軍服を隠す事もせず、その麗しい美貌も手伝ってレイルは目立ちすぎていた。男達は彼を睨みながらヒソヒソと何かを話し、女達は頬を染めて色目を使う。
その全てが彼をどうしようもなく苛立たせて、隠す事もせずに小さく舌打ちをした。
もどかしい。こんな危険な中に彼女がいると思うだけで背筋が凍る思いがする。一刻も早く探し出さなければ。
華奢に見えるが均整の取れている体を滑らせるようにして人込みを掻き分けていき、必死に銀色を探した。
美しく貴重な彼女のそれを昔からレイルはとても好きだった。
数年ぶりに会った彼女は昔のままに艶やかにそれを波打たせており、一瞬あの頃に戻った錯覚を起してしまった。
彼女は変わっていないのだと確認出来て柄にもなくホッとして嬉しさがこみ上げてきた。
彼女は、彼女だけは変わって欲しくなかった。変わってしまった自分の分まで笑顔でいて欲しかった。
だから俺は――――
視界の端でキラリと光るものに気付く。その時から不思議と予感はしていた。
ゆっくりと、本当にゆっくりとそちらに顔を向け、レイルは体の力が抜けるのを頭の隅で感じていた。
「・・・セシ・・リア・・・」
すぐに駆け出して行きたかったが、その足はすんでのところで地に張り付いたように動けなくなってしまった。
体中の水分が抜け出したように喉は渇くのに、額にはじっとりと汗が滲む。
「・・・どうして・・・」
髪が、彼女の美しい髪、それは腰ほどまであったはずであるのに、それがバッサリとなくなっていた。
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