「・・・妙だな・・」

 少し田舎であるがいたって普通の町並みに拍子抜けをする。この島が本当に悪徳取引が行われているとは到底思えない光景だ。
 表面上は平和を装っていると聞いてはいたが、実際に見るとではまた違うものである。


 「レイル、やっと船を降りたと思ったら一人でさっさと行く事はないだろう」
 「・・・ああ・・」

 悪びれた様子もなく仏頂面でそれだけ言うとすぐにまた歩き出そうとする少年を慌てて止める。

 「何処へ行く気だい?まずは基本の聞き込みをするべきだよ」
 「・・分かっている」

 いいや、分かっていないとユーシスは胸中で呟く。やはり今日のレイルはどこかおかしい。この島にずっと探していた少女がいるのかと思うとどうしていいのか分からないのだろう。


 ――本当にレイルはセシリアさんが絡むと色々な面を見せてくれる。

 それをいつもユーシスは微笑ましく思っているのだ。親心とでも言うのだろうか。

 ほんの少しだけばつの悪そうな顔をするレイルの腕をユーシスは笑顔で引いた。

 「まずはあの店に入ろう。ついでに何か食べようか。僕はお腹がすいたよ」
 「・・聞き込み・・」
 「だから聞き込みのついでに食べるんだよ」
 「・・・あぁ・・・」


 そのまま半ば引きずられるようにして店の中に入ると、少女の甲高い声が耳に響いて来た。

 「皆お姉ちゃんの事本当に知らないの?」

 頭に響くそれにレイルは不機嫌そうに、ユーシスはどうしたのだろうと少女を見た。

 幼い少女の必死の問い掛けに店主はすまなそうに頭を掻いた。

 「すまないねぇ嬢ちゃん。あんたの言うお兄ちゃんもここでは働いていないし、そのお姉ちゃんも見ていないんだよ」
 「そんな・・・じゃぁ二人はどこへ行っちゃったの・・・?」

 大きな目に涙をいっぱい溜める姿に店主は心底困り果てたと言うように店の中に引っ込んでしまった。
 女の子が泣いていても客は誰も動こうとはしない。

 傍らにいたユーシスがふらりと動くのをレイルは横目で見ながら呆れたように双眸を閉じた。


 「どうしたんだい。何を泣いているのかな?」
 「ひっく・・・お兄ちゃんだぁれ・・?」

 声を掛けられた少女は見知らぬ顔に警戒をしたがその青年がとても優しげに微笑んでいるので少し肩の力を抜いた。

 「お兄ちゃんと・・お姉ちゃんが・・朝起きたらいなくなってたの」
 「行き先に心当たりとかはないの?」
 「うん・・・」

 また目に涙をためる少女にユーシスは珍しく慌てた様子で、
 「僕達も一緒に探してあげるから」

 その言葉に反応したのは少女ではなくレイルであった。スッと目を細めると無言でユーシスを睨む。非難の目にユーシスは苦笑しながらあえてそれをやり過ごす。

 「そのお兄ちゃんとお姉ちゃんの外見の特徴を教えてくれるかな」
 「がいけんとくちょー?」
 「例えば髪が長いとか目が何色とか」

 やっと理解出来たのか、少女はホッと息をついた。

 「お兄ちゃんは目も髪も私と同じで茶色なの。でもお姉ちゃんは違うの!すっごく綺麗なのよ!」
 「そうなんだ」
 「うん!髪が銀色で目は緑色なの!宝石みたいにキラキラしてるのよ」


 その瞬間、レイルが大きく息を呑んだのが伝わってきてユーシスも体が強張った。


 銀色の髪に緑色の瞳の女などそう何人もいるものではない。


 もしかして、とはやる気持ちを抑えながら青年はきょとんとする少女に向かう。

 「そ、のお姉ちゃんの名前は・・・?」
 「セシリアだよ?」

 ガタンと激しく何かが倒れる音がした矢先、レイルが足早に少女に近付いてその華奢な肩を掴んだ。

 「セシリアはどこにいる!?」
 「や・・・」
 「セシリアはどこにいると聞いている」

 再び怯える少女に気付いたユーシスがレイルの手を剥がしながら諭すように言い聞かせる。

 「この子もセシリアさんを探しているんだから。落ち着いて、怯えているじゃないか」
 「!・・・あぁ・・すまない・・」

 少女の震えが掴んでいた肩から伝わってきてようやくレイルは我に返った。目の前にいる少女は小さな体をより小さくさせている。

 このままではいけないと思い、ユーシスはレイルを少女から遠ざけて震える肩を優しく包み込んだ。

 「ごめんね。そのセシリアさんの事を彼はずっと探していたんだよ。だからちょっとビックリしてしまったんだ」
 「さ、がしてた・・・?」
 「そう。セシリアさんはあのお兄ちゃんのお嫁さんになる人だったんだけど海賊に攫われてしまってね」
 「!・・お、お嫁さん・・・」
 「だから何か知っているなら・・・・どうしたんだい?」

 突然少女、チェルシィがユーシスの手を振り払って距離を取った。

 「知らない!さっきのは嘘!セシリアなんて人知らない!」
 「ちょっとどうした・・」
 「お姉ちゃんはずっと私達と暮らすんだもん!お兄ちゃんのお嫁さんになるんだもん!」

 今まで優しく見えていた青年の顔も今のチェルシィには彼女の幸せを壊す悪魔にしか見えない。このままではこの二人にセシリアを連れて行かれてしまう。

 「やだ・・・お姉ちゃんは・・お姉ちゃんはどこにも行かせない!!」

 目から涙をボロボロ流しながらセシリアを連れて行かないでと訴える少女の悲痛な叫びにユーシスは何も言えなかったがレイルは違った。

 スルリとユーシスの前に出ると怯える少女を見下ろす。ユーシスはまたレイルが彼女に何かするのではと止めに入ろうとしたが、

 「レイル・・・!?」
 「頼む・・・」


 気位の高い艦長が年端も行かない少女に頭を下げた。深く深く、さながら許しを請うように。

 突然の出来事にチェルシィもユーシスも瞠目した。


 「彼女に会いたいんだ・・・俺の大切な人なんだ・・だから・・頼む」











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