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この場所には似つかわしくない可愛らしい少女の顔が見る見るうちに強張っていくのを海賊達は面白そうに笑って見ていた。
それに気付いたセシリアは何とか毅然に振舞おうと顔を上げるが、どうしても野蛮で冷酷そうな彼らの顔を見ると怯んでしまう。
「おぅおぅ怯えちゃってかぁわいぃねぇ〜」
「こんな子捕まえるなんて、アッシュの野郎もやるよなぁ」
「え、アッシュ・・・!?」
あの優しい青年が目の前の海賊達の口から出る事実が信じ難く、少女は驚愕する。そして思い出すのは先程の光景。
海賊風情の輩と親しげに言葉を交わすアッシュ・・・。
「まさか・・どうして・・・」
「何?アッシュから何も聞いてないわけか?あんた騙されたんじゃねぇ?」
「あんな面してやがるが、あいつは相当なもんだ。何たって俺ら海賊相手に商売してんだから」
柔らかく笑う青年が音を立てて崩れ落ちていく気がした。
「そんな・・嘘・・・」
しかしセシリアは心の何処か冷静な部分は納得をしていた。これなら全ての謎が解決するからだ。
なぜ夜遅く帰って来て朝早く出て行くのか、なぜ経済的に余裕があるのか――
呆然とする少女に海賊達は更に詰め寄った。
「女が出来たからあの野郎取引に遅れたんじゃねぇか?」
「時間厳守は基本なのになぁ。ちょっとそれを思い知らせてやろうと思ってたんだが・・」
男達は顔を見合わせて心得たように薄笑いを浮かべた後で揃ってセシリアを見返してきた。
本能的に悟る。このままでは危険だと。
すぐささ逃げ出そうと身を翻したが、それよりも先に一人の男に後ろから羽交い絞めにされる。
「やぁっ!放して!誰か・・・!!」
ここは大通りで当然周りには沢山の人がいる。必死に助けを求めようとして苦しさの中で開かれた目に映った光景に彼女は息が詰まった。
無視するように歩き去る人、面白そうに見物する人、誰一人として彼女を助けようと言う者はいない。
どれだけ必死に訴えても誰にも届かない。こんな事があるなんて。初めて人の冷たさに触れ、世間知らずな少女は打ちひしがれた。
「アッシュなんか相手にするより、あんたの方がいいや」
「上玉だかんな〜しかも珍しい毛色だ。高く売れるぞ〜」
――上玉・・?毛色・・?・・・売る・・?
まるで物扱いである。今まで貴族のお嬢様として生活してきた彼女にとって、それは屈辱以外の何物でもなかった。しかし、抵抗する力などすでに残ってはいない。
――知らない。こんな世界知らない。
家を飛び出して海賊の仲間になって色々な事を知ったと思っていたが、それは間違いだった。自分はまだ光の当たる世界しか知らなかった。
父もルキアも皆、セシリアを守ってくれていたのにそれに気付きもせずに安穏の生活していた。
知ったつもりでいたのに。愚かな自分を諌めたはずなのに。それでもまだ足りなかった。全然足りない。
悔しさから零れる涙が熱く静かに頬を伝う時、滲む視界に捉えた姿があった。
こちらに向かって走ってくるのは分かるのだが、ぼやけていて誰かははっきり分からない。
「セシリアさん!!」
この声は――
「アッシュさん!!」
瞬間、霞がかかっていた視界が一気にクリアになる。焦ったように走っているアッシュの姿がはっきりと見えた。
腕を振り払おうともがくが、非力な女の力で敵うはずもなく腕を一本引き抜いただけに終わった。
「アッシュさん・・・!」
腕を必死に伸ばすが、その手を取る前にアッシュは足を止める事となった。
「よう、アッシュ。可愛い彼女のピンチに駆けつけるたぁお前もやるようになったもんだ」
「そのせいで取引に遅れるのはよくないよなぁ」
取引と言う言葉にアッシュの顔が一層険しさを帯びる。
「その事と彼女は関係ないんだ。だから彼女を放してくれ」
「それは無理だ。この女は金になるからな。みすみす逃がすわけねぇだろ」
顔に男の熱くて臭い息がかかって、セシリアは顔を歪ませた。
それを見たアッシュは血相を変えて一気に色めき立つ。
「止めろ!その人はお前達なんかが触れていい人じゃないんだ!!その汚い手を放せ!」
「んだとぉ!?」
カッとなった男がアッシュの頬を殴った。見た目にも非力な青年はそのまま後ろに倒されてしまう。
「―――!!!」
セシリアの声にならない悲鳴が響く中で男は倒れ臥したアッシュに跨って尚も執拗に拳を振るう。垣間見た横顔は歓喜に震えており、殴る事が楽しくて仕方ないと物語っている。
――狂ってる。
ガクガクと膝が震えてその場に座り込んでしまう。男は容赦なく首にかけた腕を引き上げて立つようにと怒鳴り散らすが、もう足に力が入らなかった。
ただ目を開いてアッシュが殴られる姿を見る事しか出来ない。
――誰か・・・!
無意識に助けを探すがやはり誰一人として同情の眼差しを向ける事もしない。このままではアッシュが死んでしまう。
「誰か助けてぇ!!!」
それは殆ど悲鳴であった。こんな事をしてもきっと誰も助けてはくれないだろうが、それでも彼女はそうするしかなかった。
「助けてあげるよ」
もう駄目だと涙を流して項垂れる彼女の元に、予想に反して答える声が返って来た。
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