3
サクサクと砂浜を歩きながらセシリアはキョロキョロと辺りの様子を確かめるように見ていた。
この島を訪れて1週間以上過ぎてしまった。おかげでかなり体は動くようになったが、まだ何も進展はしていない。今日ようやく外に出て情報を集めようと思ったのだ。
まずは島を訪れる船を見つけて話を聞こうと思い、海岸まで出て来たのだが肝心の船が見当たらない。
「・・おかしい・・」
ここまで何もないのは返って変だ。この辺りには島はここしかないのだがら食物を足したり水を補給したりするために多くの船が立ち寄っても不思議ではない。それなのに港も見当たらないなんておかしすぎる。
「・・どうしたの?」
少し不安げに手を引くチェルシィにセシリアははっとした。この場にチェルシィもいたと言う事をすっかり失念していたのだ。
「ごめんなさい、何でもないわ・・それよりもチェルシィ、この島には船は来たりしないの?」
「お船・・?たまに見るくらいでそんなに多くないと思うわ」
「港はあるんでしょう?」
「みなと?」
「お船がとまる所」
「それならお兄ちゃんがあっちにあるって言ってたよ」
幼さの残るあどけない指先を辿ると大きな崖があり、その先に何があるのか全く分からなくなっていた。
「あの向こうに港があるの?」
「そうみたい。でもあたしは行った事がないからよく分からないの」
「・・今から行ってみちゃ駄目かな」
まだ朝であり時間がある。体も思ったより大分いいのでセシリアとしてはいい考えだと思ったのだが、チェルシィにとってはそうではなかったようだ。
「駄目なの。お兄ちゃんがあっちには絶対行っちゃいけないって・・」
「え、どうして?」
「分かんない・・前に一度行こうとしてすごく怒られたの」
確かに幼い妹を一人で遠くへ出かけさせるのは不安だろうが、自分も一緒に行けばいい話だ。それなのにあからさまに否定するのはもっと別の理由があるからだ。
聞いてみようか、とセシリアは迷う。チェルシィの兄、アッシュは自分にひどく優しい。だが、こればかりは教えてはくれないような気がしていた。
彼には何かある。夜遅く帰って来たり、夜中に出かけて行ったり、時々とても厳しい顔をして何か考えている。チェルシィは兄は飲食店で働いていると言っていたが、実際にそれを見た事はないと言う。
それに、兄弟二人で苦労しているのかと思えば自分を入れても十分生活をしていけるくらい余裕があるらしい。それも妙な話だ。毎日遅くまで働いてもそこまでなるだろうか。
疑いたくはないけれど、考えれば考えるほどアッシュと言う人物が奇妙に映る。
きっとセシリアはまた難しい顔をしていたのだろう。チェルシィは今度は少し怒った様に彼女の手を揺らした。
「お姉ちゃん、もうすぐお昼だよ!あたしお腹すいた」
「そうだね。そろそろお家に帰ろうか」
「うん!今日はお姉ちゃんが作ってくれるんだよね!」
「・・・味の保証はしないけどね」
そして二人は朗らかに笑いあった。
ふと気が付くと、既に太陽は空の真上に位置していた。
「もう昼か・・」
朝早くからずっと今日届いた武器の点検をしていたので気付かなかった。昼だと分かると突然空腹を感じ始める。
少し休憩をしようと大きく伸びをした時、後ろから声がかけられた。
「お、アッシュ休憩か。飯でも食いに行かねぇか?」
聞き慣れた仕事仲間のそれに彼は笑顔で返す。
「ああ。今日は俺が奢るよ」
「お、珍しいじゃねぇか。あの噂は本当みたいだな」
「噂?」
「お前、嫁さんもらったらしいな」
「なっ・・・!!?」
急に真っ赤になって慌て始めたアッシュに男はしたり顔で頷いた。
「マジかよ。お前も中々やるなぁ」
「違う!」
「水臭いな、一体どこで知り合ったんだよ」
「だから・・・!・・もういい」
この男に何を言っても無駄だ。軽く溜息を吐いていつも食事をしている場所に移動する。
食事をしながらも男は饒舌だった。
「俺は心配してたんだよ。お前、妹の面倒ばっかでさ。だから嬉しいんだ」
「・・そうか」
「そうだ・・・ところで、アッシュ」
今までの明るい調子はどこへやら、男は突然声を低くさせる。ただならぬ気配にアッシュもスッと顔を引き締める。
「お前、この前取引に遅れただろ」
「・・・やばいか?」
「ちょっとな・・気ぃつけろよ」
「・・・ああ」
上手く立ち回れたと思っていたがどうやらそうもいかなかったらしい。この仕事で一番重要な事の一つが時間厳守だ。一度でもそれを破ると信用をなくし、下手をすると殺されかねない。
セシリアを家に連れ帰ったあの日は大切な取引があった。少し遅れてしまったが、物は全て完璧に揃えてお詫びに値段を安くしたので相手も納得したように見えた。
だが、相手は常識の通じない海賊だ。あの日の凶悪そうな目が思い出され、アッシュは唇を噛んだ。
あれから1週間以上経っている。奴らはこの島にはもういないはずだ。だが安心は出来ない。制裁は何度も見てきた。
それからは物を食べてもほとんど味は感じられなかった。気持ちが落ち込んできて、早く家に帰りたいと気持ちが急いてきた。
妹のはしゃぐ声、そしてセシリアのはにかんだ様な笑顔が思い出されてやりきれない気持ちになる。
こういう仕事をしていれば彼女達を巻き込む可能性も十分ある。だが、今更もう引き返す事は出来ない。
フォークを皿の上に投げ出して無機質な天井を見詰める。
今、何をしているのだろう。
「・・会いたい・・」
BACK NOVELS TOP NEXT|