「・・今までどこに行っていたんだ」

 開口一番に疑わしそうに言われてユーシスは苦笑した。妙に鋭い所がある少年にはいつも驚かされるばかりだ。

 「そんなに睨まなくてもいいじゃないか。セシリアさんを探す重要な情報が手に入ったんだから」
 「!・・どういう事だ」

 突然そんな情報を手に入れたと言われて素直に喜べるほど子供ではない。何かあったと思うのが当然だ。
 想像通りの反応にユーシスはますます笑みを深くしながら目を鋭くさせるレイルを宥めるように手を上げた。

 「だからそんなに怒らないでくれないか。彼らに聞くしかない事はレイルだって分かっていたはずだよ」
 「・・・・・・」

 ムッツリと黙ってしまった少年艦長にユーシスは呆れながらも優しげに微笑んだ。

 「君が海賊に手なんて貸してほしくないって事はよく分かっているつもりだよ。だけど、今はそんな事を言っている場合じゃない」
 「・・・ああ」

 低く、唸るように吐き出されたのは短い肯定を示すものであった。それでも十分な進歩である。

 「きっと彼女は無事だよ。君が一番に信じてあげないと」
 「・・・ああ」

 同じ言葉でも今度のそれには強い意志が見え隠れしていた。











 「お兄ちゃん、早くー!」

 砂浜を楽しげに走る幼い妹に、お兄ちゃんと呼ばれた20歳前後の青年は足取りを速める事もなくゆったりと歩いていた。
 久しぶりに休みを取れた今日、妹はいつもよりはしゃいでいる。海になどもう数え切れないほど来ているのに。

 もう妹のように海を見てはしゃぐ事もないが、何時来ても清々しい気分になる。
 潮風に靡く髪に波の打ち寄せる音、鳥達の鳴き声。その全てが自分を包み込んでいるように感じる。


 しばらく目を閉じて、風を感じていた青年の耳にふいに妹の短い悲鳴が聞こえてきた。

 「どうした!?」

 波にでも攫われたのでは、と焦って妹を探したがすぐに見つける事が出来た。少し先の海岸に立っていたのだ。

 取りあえず無事である事を確認し、ホッとして少し足早に少女の元に駆け寄った兄は妹の傍らにある物を見て足を止めた。

 「お兄ちゃん・・・このお姉ちゃん生きてるかなぁ・・?」

 妹の言うように、それは人間の女の子であった。その少女を見た瞬間、青年は全身に電気が走ったような錯覚を覚えた。

 こんなに美しい少女を今まで見た事はなかった。

 珍しい銀の髪は濡れ、雫が日に照らされてキラキラと光っている。零れる髪から僅かに覗く頬はこの海の泡のように白かった。

 「お兄ちゃんってば!」
 「え・・・あ・・!」

 服を引っ張られて、やっと思考が働き始めた。見惚れている場合ではなかった。慌てて少女に駆け寄り恐る恐る首筋に触れた。

 「・・生きてる・・」

 指先からは微弱であるが確かに命の鼓動を感じ取る事が出来た。そのまま抱き起こして顔に纏わり付いていた髪を払うと少女の素顔が現われた。

 「きれぇ〜!お兄ちゃん、このお姉ちゃん綺麗だねぇ!」

 しかし兄は妹に答えてやる事は出来なかった。完全に腕の中の少女に意識を奪われていたのだから。
 天使だと思った。昔読んだ本に出て来た天使が目の前にいると。天使はなぜこんな何もない島に舞い降りたのだろう。

 動かしたせいか、天使の少女は少し眉を寄せたと思ったら大きく咳き込んだ。その拍子に水が出されたのだろう、荒く息を始めた。

 「う・・・」

 フルフルと数回睫毛が震えたと思ったらゆっくりとそれは上がり、翡翠をはめ込んだ様な美しい緑の瞳が青年を映す。

 「あ・・あなたは・・・」

 間違いない。彼女は天使だ。青年はその瞬間、確信した。











 「ベガス島・・・?」
 「その日の海流の早さと方角から行くとその島しか考えられないんだよ」
 「一体どう言う島なんだ・・?」
 「昔は戦争の軍事基地として利用されていたようだけど、今は平和そのものだよ。人口も少なくて田舎な島と言っていいだろうね」
 「では・・」
 「表向きはね」

 ユーシスの一言にレイルはハッとして彼の顔を見た。

 「・・軍事基地か」
 「元々鉱山が多い島だからね。今も隠れて武器を作っている人も多いらしいんだ。それを求めて軍や海賊も度々島を訪れる。裏では色々な取引がされていて治安がいいとは言えないらしいんだ」

 武器と海賊、闇商人達が集まる孤島、ベガス島。そこにセシリアがいるかもしれない。

 「・・考えるだけで反吐が出る・・っ!」

 それは彼女が危険な目に合うかもしれない事、そして祈る事以外何も出来ない己自身に向けられたものだった。  











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