「この先、どうするんだい?」

 心配そうにこちらを見るユーシスにレイルは返す言葉がなかった。彼もまたどうすればいいのか分からなかったからだ。

 自分達が国を出て航海をしているのはひとえにセシリアを連れ戻すためであった。そしてそのためにルキアの船を捜し続けていた。だが、その船に彼女はいなかった。そして行方も分からない上に生きているかも不明だ。

 このまま当てもない航海を続けるべきか国に帰るべきか。もちろんレイルはセシリアを諦めたわけではなかった。だが、ダラダラと航海を続けるわけにもいかない。

 初めはセシリアの落ちたと言う場所の海流から流されるであろう方向を割り出してその方角にある島に行く考えがあったが、その日のドゥール海の海流が分からないのでどうしようもなかった。

 それにあまりに情報が少なすぎる。海軍艦隊とは言っても乗員の殆どは新米で、出航も急であったため海域や他国の知識などにも乏しい。

 ギリッと歯を噛み締める。

 自分の無力さをまた思い知らされるのだろうか。もうあんな思いはしたくはない。

 「・・・どうすればいいのだ・・」

 呻くように言った言葉はユーシスの耳に届いていた。











 「ちくしょぉ、あいつら・・オレをこんな所に閉じ込めやがって・・」

 薄暗い船室の奥の牢の中で閉じ込められていたルキアは心底忌々しげに文句を言った。

 ルキア達海賊団は全員牢に入れられた。海賊に対する当然の処置ではあるが、牢に入る側としてはたまったものではない。

 そのうち彼は舌打ちをして癖毛の黒髪をクシャリとさせた後、チラリと横を見る。

 「お前だけでも牢から出してやりたいんだけどな〜」

 ルキアが文句を言う最大の理由はそこにあった。レンも同じ牢に閉じ込められているのだ。だが、ルキアの心配をよそにレンは大げさに息を吐くと、気だるげに言った。

 「オレだって海賊の一人だ!特別扱いはやめろって言ってるだろ!」

 レイル達海軍側も脆弱そうな子供であるレンを牢に入れるのをためらったが、レンが自ら自分も入れてくれと言い出したのだ。
 自分を心配してくれているとは分かってはいるが、本人にとっては少し煩わしいと思う事もある。自分だけ皆と対等でないと思ってしまうからだ。

 「だってお前最近調子悪いだろ?具合どうだ?」
 「・・・大丈夫」

 言いながらレンは思う。自分なんかの心配よりこれからの心配をすべきであると。海軍に捕まり、セシリアも見付からず、これからどうすればいいのだ。しかしルキアは少しも不安げな様子はなく、変わらず飄々としている。むしろこの状況を楽しんでいるようにも見える。

 何か策でもあるのだろうかとルキアに聞こうとした時、コツコツと言う足音が牢に近付いて来る事に気付いて息を詰めた。
 ルキアと互角にやりあった金髪の男ではないかとレンは身を強張らせたが、現われたのは全くの別人であった。

 灰色の長い髪を後ろで一つに束ね、瞳は緑がかった済んだ青で優しげな光を称えている。

 「・・・あんたは?」
 「僕はユーシス・シェル・グレンドール。この船の副艦長だよ」

 それを聞いた海賊全員に緊張が走った。一体何の用があって副艦長自らが出向いてきたのだ。ルキアも軽く眉を寄せた。

 「その副艦長が一体何だよ。尋問でも始めようってか?」
 「・・・セシリアさんの事なんだ」

 彼女の名前が出た途端、ルキアの表情が変わった。ユーシスはそれを目に留めながらゆっくりと言い聞かせるかのように言った。

 「彼女が君達の船に乗っていなかった事について、僕達は特に驚きはしなかっただろう?不思議には思わなかったかい?」
 「・・・何か知っているのか・・」

 ルキアもその事が引っかかってはいた。彼らの目的は彼女であるはずなのに肝心の彼女がいなくても動揺一つせずに問い質しもしない。

 ――何かあるとは思っていたが・・・。

 ユーシスの目を見ていると何か妙な胸騒ぎを覚える。
 緊張した面持ちで問う海賊の射る様な視線に耐え切れずユーシスは目を伏せた。

 「・・・君達の船を見つける前に僕らはある女性が海に漂っているのを見つけたんだ。彼女の名前はヒルデと言った」
 「ヒルデ・・?」

 どこか聞き覚えのある名前にルキアは首を傾げたがすぐにヒルデと言う名の女がグレインのハーレムの中にいたと言う事を思い出した。

 「・・どう言う事だ?」

 嫌な予感がする。おそらくこれは現実のものとなるのだろう。目の前で立ち尽くす青年の様子からそれが窺えた。

 「セシリアさんは今、行方不明なんだ。グレインと言う男が率いる海賊船から海へ落ちたらしいんだ」

 青年の返答にその場が凍りついた。今までも彼女は行方不明であったが、おそらくは大丈夫だろうと皆思っていた。いや、そう思いたかったのだろう。

 砲撃を受けてからすぐに彼女を探したがどこにもいなかった。その日は流れも穏やかであったから遠くへ流されたとは考えにくいためグレインの船に助けられたと考えるのが普通だ。
 もちろんグレインについてはよく知っていたので違う意味でセシリアが心配ではあったが、まだ生きていると言う望みが高かった。

 だが、今は違う。絶望だけが心を支配し、皆ぐったりと項垂れた。

 「ルキア・・セシリア、大丈夫だよな・・!?」

 必死に縋りつくレンに大丈夫だと笑ってやりたかったが、それは出来なかった。ルキアもまた頭が真っ白になって何も考えられなかったからだ。

 「しっかりしてくれないか。君に聞きたい事があるんだよ」
 「・・聞きたい事・・?」
 「そう。2日前のドゥール海の海流について聞きたいんだよ。それが分かれば彼女を助けられるかもしれない」
 「正気か?」

 確かにそれで流されたであろう方角が掴めるだろうが、あまりにも無謀だ。セシリアを見つけられる可能性などゼロに近いだろう。

 「艦長命令だからね。逆らえないんだよ」
 「・・・あの王子様か・・」
 「それで?教えてくれるのかい?くれないのかい?」
 「それは命令か?」
 「いや、お願いしているんだよ。取引と言ってもいいかな」
 「取引・・?」

 そんな事をしなくても情報を得る方法などいくらでもあるだろう。自分達は圧倒的に立場が不利なのだから。だが、この男は敢えてそれをしないらしい。

 「何が目的だ?」
 「海賊全てを憎んでいる僕達の王子様のためだよ」
 「・・・?」
 「分からないならそれでもいいよ。それで、取引に応じるかい?」
 「情報を与える見返りは何だ?」
 「簡単に言えば、君達の自由かな。彼女が見付かったら牢から解放するよ」
 「見付からなかったら?」

 ユーシスは目を細めて薄く笑った。

 「見付かると信じている・・・答えを聞こうか」

 ルキアもまた目を細めた。
 本当に解放されるかどうかも定かではない。取引とはよく言ったものだ、これでは少しも対等ではない。だが不思議と信じる気になった。
 それにすぐに国へ帰らずに彼女を探すのであれば逃げる機会も多く作れそうだ。

 ――おもいしろいじゃないか。

 「OKだ。オレも信じる。取引成立だ」    











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