正面で剣を交わらせた二人はしばらく剣を合わせていたが、力が互角だと分かるとすぐにルキアは一旦剣を引いた。

 すばやく後ろに距離を取って、隙なく剣を構えるレイルを興味深げに眺める。

 ただの貴族上がりの海軍だと思っていたが、どうやら違うようだ。細身の体のどこにあれだけの力があるのだろうか。

 「・・そうこなくちゃ・・」

 言って、ルキアは心底面白そうに笑った。一対一で自分の相手になる奴はそうはいない。久しぶりの強敵に胸が騒ぐ。
 レイルは自分から仕掛けてくる様子はない。相手の出方を待っているといった感じた。激情に身を任せてくるかと思いきや、案外冷静である。

 「行くぜ!!」

 相手が向かってこないのならこちらから行くまでだ。ルキアは勢い良く右足を蹴り上げた。
 レイルはスッと目を細めると、剣のリーチの長さを利用してルキアの短剣が届く前に薙ぎ払おうとした。

 だが、ルキアはそれを紙一重で交わすとレイルの背後に回り持っていた短剣を投げた。

 まさか投げるとは思っていなかったレイルはかわすだけで精一杯だった。それでも少し掠り、頬に赤い線が出来る。

 「くっ・・!」
 「まさか、かわすとはね。やるじゃん、あんた」

 レイルは手の甲で乱暴に頬の血を拭うとゾッとするくらい美しい笑みを浮かべた。

 「・・これでもう貴様は捕虜ではない。俺に刃を向けた海賊として処罰する」

 不味い、とユーシスは唇を噛んだ。確かに例え捕虜となったとしても激しく抵抗した場合、保護義務はなくなる。やむを得ない場合は切っても構わないのだ。

 残忍そうに笑みを深める艦長の姿に部下の海軍達も恐れて後ずさる。エリオットもまた自分よりも若い少年に言いようの無い恐怖を感じていた。

 彼は恐怖の中で、ふとある噂を思い出していた。なぜレイルが緋色の軍服を纏っているのかと言う噂を。

 艦長クラスになると、普通の白の軍服ではなくその人物特有の軍服が与えられる。だが、今まで緋色のそれを纏った者はいなかった。まるで血の色のようだと倦厭されていたのだ。

 だが、レイルの軍服は血のような深い緋色。これには様々な噂が飛び交った。その中で一番囁かれていたのが、海賊の返り血を浴びても目立たなくするためだと言うものだった。

 レイルの海賊に対する非道ぶりは海軍の中では有名だった。レイルと会った海賊で生きて帰れた者はいないと言われていたほどに。

 その噂は真実であったのかだろうか。

 「・・・分かったよ、セシリアがお前を嫌って逃げたわけが」

 挑発ともとれる発言をするルキアはすでに笑ってはいなかった。レイルの軍服と同色の瞳を細め睨むように相手を射る。

 「お前じゃあいつを幸せには出来ない」
 「海賊風情に何が分かる!!奪い、殺すだけの貴様達に・・・っ!!」

 分かるわけないだろ、とルキアは心の中で吐き捨てる。分かってたまるか、とレイルは拳を握る。

 「俺は忘れない、貴様達海賊のした事を!決して許さない・・!!」

 激情の中に悲痛な叫びを垣間見た。

 ――こいつ、誰に向かって言ってるんだ?

 明らかに目の前の海軍の少年は自分にではなく、自分を通して他の誰かを見ている。それが誰であるかは分からないが、おそらく同族だろうと思う。

 ――海賊に恨みがあるのか・・・。皮肉だな。

 ルキアもレイルのような貴族に恨みがある。だがそれは貴族であってレイル本人ではない。レイルも海賊に恨みはあるがルキア本人には恨みはない。

 ――いや、あるか。大事な姫さんを奪ったって言う恨みが。

 「どうやらお前とはどうしても決着つけないといけないようだな」

 いつかこんな日が来るだろうとは思っていた。自分の中にある気持ちに気付いた時から。

 渡したくない。彼女にとってはこんな海賊船にいるよりも自分の国へ帰った方が良い事は重々分かっていたが、それでも彼女がいない辛さを知ってしまった。もうどうする事も出来ない。

 ここでこんな戦いをしても無意味だと言う事は分かっている。勝敗などとうの昔についているのだから。例えここでこの男を倒しても何も変わらない。

 だが、それでもレイルとどうしても剣を交えなければならないと強く思う。それはもう止められないところまで来ていた。


 気が付くと、傍に落ちていた剣を広い相手に向かって行っていた。鈍い音と共にそれは受け止められるが今度は力で競り勝った。
 レイルの剣を弾き、懐に飛び込み真っ直ぐに右腕を突き出す。だが、あと一歩のところでレイルがクルリと器用にバック転して避けた。

 そしてルキアの体勢が戻る前に勢いをつけて剣を繰り出してくる。

 はっとしてルキアは左手を付きながらも剣を向かってくる相手の首筋に向けて延ばした。

 二人の動きは完全に止まり、辺りは静けさに包まれ波と風の音だけが耳についた。

 「・・・引き分けってやつか・・」

 ふぅと息を吐くルキアの首筋にはレイルの刃が当てられ、悔しげに眉を顰めるレイルの首元にはルキアの剣が当てられていた。

 まさか互角に戦ってくるとは、と今まで負けた事のない二人は思っているだろう。

 ルキアが笑いながら剣を離すとレイルも渋々といった感じで乱暴に剣を離す。ひとまず二人の戦いは終わりを告げた。

 ――ここまでだな。

 これ以上抵抗しても無駄だ。それよりも大人しく捕虜となり機会を待つ方が余程利口である。


 「降参だ。オレ達は今度こそ大人しく捕虜になるよ」

 言って、少年は楽しげに白い布を掲げた。    











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