勝敗は始めから分かりきっていた事だった。

 海軍の最新鋭の艦に傷ついて砲弾もまともに打てない海賊船。当然戦いにもならない。
 その上、ルキア達の船は小規模で速さだけが武器だ。今までは戦略で様々な宝を奪ってきたが、海上ではそれも当てにはならない。

 戦っても無駄な命を散らすだけである事は分かりきっていた事だ。船長としてルキアは決断しなければならなかった。









 「やけにあっさりと白旗を上げたね」
 「・・・油断は出来ない」

 レイルもユーシスも戦いに備えていたが、相手はあえてそれを避け早々に降伏をした。普通なら当然の事だろうが、海賊は血気盛んな連中が多いので降伏をする例は滅多にないのだ。

 ルキア達も例に漏れず戦いを挑んで来ると予想をしていたレイルは舌打ちをした。

 降伏されては手出しが出来ない。捕虜として丁重に扱うのが海軍でのルールだ。レイルは何よりもそのルールを嫌っていた。

 海賊には死を与えるのが当然と言うのが彼の理念だ。

 悔しげに海賊船を見詰める少年にユーシスは溜息を落とした。レイルは海賊相手になると我を忘れて剣を振るう事があるが、今回は正気を保っているようだ。

 「レイル、海賊を見ても冷静にね。相手は降伏したのだから」

 念を押して言った言葉には、分かっていると言う小さな返事が返ってきたが、彼の不安はまだ拭えなかった。









 降伏の後、リズホーク艦は海賊船の横につけ、乗り込みを開始した。降伏したとは言え油断は出来ないので新米海軍達の表情は硬いままであった。

 「お前ら、出てけよ!!」

 ピリピリと緊張した空気を切り裂いたのは、ここにあるはずのない子供の甲高い声であった。
 聞き間違いかと思った矢先、船内から勢い良く飛び出して来たのはまだ10歳ほどのひどく華奢な少年であった。

 海賊船になぜ子供が乗っているのか分からずに目を疑う海軍達に向かって少年はまた何か叫んだかと思うと勢いよく向かって来た。
 それだけなら誰も相手にしないのだが、その手に短剣が握られていたのでその場の空気は凍りついた。

 降伏は罠だったのか・・・!?

 だが、少年の小さな刃が届く事はなかった。その前に倒れこんでしまったのだ。

 「おい、大丈夫か!?」

 少年を追いかけるようにして船内から出てきたのは漆黒の髪に燃える様な紅い瞳をした若い男だった。

 「あの男・・・!」

 海賊船の様子をリズホーク艦から眺めていたレイルは船内から出て来た男に目を奪われた。

 若く、黒髪に紅い瞳はこの海賊船の頭、セシリアを連れ去った張本人ルキアの特徴と一致していたからだ。

 あの男が、と思った時には体が自然と動いていた。身を翻して海賊船に移り、男の前に進み出る。

 「・・・貴様がルキアか」
 「ん?」

 上から鋭い声が降って来て、顔を上げると薄暗い中にいても目立つ輝く金髪とそれに見合う美貌を持つ、恐ろしいほど美しい少年が立っていた。

 底知れない怒りを隠したそれはなまじ美しいだけに妙に迫力があり、その場にいた者達は息を呑む。

 だがルキアは怯む事無く、にやりと口の端を持ち上げると立ち上がりレイルの顔を繁々と眺めた。

 「こりゃまた随分と美人な男だな〜。あいつ、どこが気に食わなかったんだ?」
 「・・・何の話だ」
 「あんたが探してるお姫様の話だよ」

 瞬間、レイルの瞳が一層色濃くなった。それに目ざとく気付いたルキアはますます笑みを深くする。

 「なぜ彼女を連れ去ったのだ」
 「連れ去ったぁ?そいつぁ違うぜ。あいつが自分からついて来たんだ」
 「馬鹿な・・」
 「本当の話だぜ?結婚が嫌で嫌でたまらないってな」
 「・・・・っ!」
 「海賊に来るぐらいだ。よっぽど相手が嫌いだったんだろーな」

 ルキアはもちろんセシリアの結婚相手が目の前にいる少年海軍である事を知っていた。知っていてわざと煽っているのだ。

 レイルにとって、それは最も恐れていた事であった。表ではセシリアは海賊に攫われたと思おうとしていたが、どうしても裏で考えてしまう。

 彼女は自分から逃げたのではないだろうか。

 その恐れを突かれて、レイルは表情こそ変わらなかったが心は乱れきっていた。

 二人の険悪した様子を眉を寄せて見ていたのは他でもないレンであった。
 ルキアはいつもふざけて相手をからかうような物言いをするが、こんなに棘を含んだ言葉は聞いた事がなかった。それはルキアが本気で怒っている証拠であった。

 「オレが今何考えてるか分かるか?・・お前の事ぶっ倒したいって思ってるんだけど」
 「・・・奇遇だな。俺もそう思っていたところだ」

 そしてお互いに剣を抜き、構える。レイルは長剣だが、ルキアの方は短剣だ。リーチの差がありすぎる。

 「・・それでは相手にならないのではないか?」
 「お気遣い感謝するよ。でも、オレはこれで十分だ」

 すぐにでも打ち合いを始めてしまいそうな二人に今まで成り行きを見守っていたユーシスは慌てて止めに入る。

 「レイル!駄目だ!」

 だが、戦いを止めようとした彼の声が逆に戦いを始める合図となってしまった。

 広い海全体に二人の男の声と金属がぶつかり合う音が木霊した。  











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