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「あれは・・・まさか・・」
レイルはその船に見覚えがあった。
暗闇に慣れた目を凝らしてみて彼はその船の正体が完全に分かった。
それは探し求めていたルキアの船であった。その瞬間レイルは正体不明の身震いに襲われたが、もうあの船には一番の目的であるセシリアはいないのだと思い至り、唇を噛み締めた。
だが、あの海賊船、ルキアを許すわけにはいかない。
「・・・海賊などに・・」
拳を握り、何かに堪えるように目を閉じたレイルだったが、再び開いたその瞳にはグレインの時より一層怪しげな光が揺らいでいた。
一方ルキア達は海軍の船が近付いている事に、まだ気が付いていなかった。それどころではなかったのだ。
グレインの船からの砲弾を受けてすでに数日が経過しているが、船の状態は思わしくなかった。一人の死者も出なかった事が不幸中の幸いか。
だが、ルキアや他の海賊達の表情は暗かった。復興作業にも力が入っておらず、そのせいで船の修復は大幅に遅れていた。
「・・・嬢、無事でいるんかな」
一人が呟くと、その場にいた海賊達の動きが止まった。そして皆表情を暗くして俯いたり溜息を吐いたりする。
毎日こんな調子では船が元のようになるのは一体いつになる事かとルキアも頬杖を付く。
正直、あの少女がいなくなっただけでここまで自分達のダメージになる事など誰も予想していなかっただろう。
仕事はろくに出来ないし、何をやらせてもドジばかりしていたが一生懸命でいつも笑っていたセシリア。どうやらあの笑顔に知らず知らずの間に癒されていたらしい。
「・・・ルキア・・」
後ろからボーイソプラノで声を掛けられて、呼ばれた海賊王は驚いて振り向いた。
そこに立っていたのは顔の青ざめてふらついているレンだった。
「お前、寝てろって言っただろ」
「・・あいつ、まだ見付からないのか・・?」
「・・・ああ」
その答えにレンは隠す事もせずがっくりと肩を落とす。セシリアが海に消えてからというもの一番彼女の身を案じていたのは他でもないレンだった。
心配のあまり食事も喉を通らないようで回復してきた体は再び脆弱なそれへと戻ってしまった。
元気のいい姿を見ていただけに今のレンを見るのはルキアには辛かった。
「ほら、もう寝ろ。もうすぐ夜明けだけどな。・・あいつの事はオレ達に任せとけって」
気休めだとは分かっていてもそう声を掛けずにはいられない。ルキアはレンの体を支えながら自嘲した。
――あいつがいなくなって参ってるのはレンだけじゃない。
ルキア自身も相当参っていた。海賊王などと呼ばれている自分が女一人いないだけでこうも脆いのかと愕然としたほどだった。
――女なんて皆同じだと思ってたんだけどな。
だがそうではなかった。少なくとも彼女、セシリアだけはルキアにとっては特別な女だった。
「・・バカじゃねーか、オレ」
彼女がいなくなってからその事に気付くなんて、本当に馬鹿だ。
突然クツクツと笑い始めたルキアにレンは不審げな視線を向けたが、彼はなおも笑い続けた。
「・・ルキア・・?」
「あぁ悪い。お互い、あいつの魔法にかかったらしいな」
意味を掴みかねて首を傾げる少年の頭をルキアは笑いながらクシャクシャと撫でたその時、少年が小さく声を上げた。
「ルキア・・あれ・・」
「あ?どうした?」
少年の指差す方角を見て、ルキアも撫でていた手を止めた。
夜明けの近い海に朝日以外の光が揺れている。明らかに人工的な光にルキアが眉を寄せた時、レンが叫んだ。
「船だ!船が近付いてくる!」
「!?」
グレインの船かとまず思ったが、すぐにそれは否定された。大きさ、形がまるで違う。少なくとも海賊船には見えなかった。
相手の船を油断させるために客船などを装う場合があるが、どうもそれも違うようだ。
朝日が昇る中で相手の船の龍のエンブレムの描かれた旗が照らされた時、ルキアは全てを悟った。
「来たか・・・だけどちょっと遅かったな」
もうこの船にセシリアは乗っていないのだから。
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