3
ユーシスは傍らで苦しげに眠る女を見て、珍しく隠しもせずに大きな溜息を吐いた。
その後、ヒルデから事情を聞いたユーシスは取り乱す彼女を落ち着かせる事で精一杯で、姿を消してしまったレイルの事を気にかけている暇がなかった。
セシリアが死んだと聞かされた少年は嘘だ、と叫んだきりどこかへ走り去ってしまった。おそらく自室に篭っているのだろうが、只ならぬ様子だったので心配である事に変わりはない。
――それは僕も同じか・・・。
ずっと探し求めていた少女が突然死んだと聞かされて、動揺しているのはレイル一人だけではない。ユーシスもまた表には出さないが、かなりショックを受けていた。
今自分が少年のところへ言ったとして、一体何が言えるだろう。下手な慰めなんて出来るわけがない。
海に、女の身で落ちると言う事はすぐに死に直結する。彼女が助かる方法なんて奇跡でも起こらなければないに等しい。
――絶望的だな・・・。
レイルを救う事の出来るただ一人の少女だったろうに。
もちろん彼女の安否も気にかかる。だが、セシリアには悪いが、ユーシスは彼女の死を素直に悲しんでいるわけではなかった。
それ以上にレイルの事を気に病んでいたのだ。少女がいなくなれば、あの危うい少年は一体どこまで堕ちるだろう。
「・・・変な事を考えていないといいけど・・」
闇に包まれた船長室にレイルは灯りも付けずに一人呆然とベッドの上に座っていた。
もう何もかもがどうでもよかった。7年前のあの日からずっと思い続けてきたたった一つの目的ですら、今の彼の前では霞んでいた。
その事実に彼は心底驚いていた。あの日から、全てを捨てる覚悟は出来ていたはずだった。何の未練もないと思っていたのに。
それなのに、彼は頭ではいけないと分かっていても少女を求めてしまった。彼女の顔を見た瞬間、金縛りにあったように体中の機能が止まった。
認めたくなかった。自分には彼女を思う資格などなかった。だが、王族が彼女に興味を示していると聞いた時、無意識のうちに思い描いてしまった。
彼女が誰かの腕の中にいる事。
それだけは耐えられなかったのだ。自分のものにしたいとは思わなかった。ただ誰のものにもなって欲しくなかった。
何て傲慢だろうか。だが、どうする事も出来なかった。彼女を渡したくないのなら自分のものにするしか方法はなかった。
「・・・リア・・」
自分が彼女に求婚さえしなければ、こんな事にはならなかったのではないか。後悔ばかりが後から後から湧いて出て、それは形となって現われた。
頬に伝う生暖かいものが涙であると分かり、レイルは自分が無意識のうちに泣いていた事に気付いて狼狽した。
一度溢れ出たものは堰を切ったように、次々と流れ出て、それを止める術は7年前に泣く事を止めた少年には分からなかった。
涙はまるで7年分溜め込んできたものを洗い流しているようにも思えた。
と、その時急に船が大きく揺らいだ。大方大きな波がぶつかったのだろう。然程珍しい事でもなかったので気にも留めなかったが、その反動でテーブルの上に置いていたある物が落ちた。
それはレイルが図らずもセシリアを思い、買った髪飾りだった。
不思議とその時、レイルはその髪飾りに呼ばれたような気がしてベッドから立ち上がった。
そしてそれを手にしようとした時、灯りが一つもないにも関わらず、髪飾りについている翡翠が一瞬だが光ったように見えた。
「っ・・・!」
それが彼には翡翠が自分を励ましているように思えた。セシリアは生きていると伝えているような、そんな気がしたのだ。
――馬鹿馬鹿しい・・・。
すぐに少年は都合の良い愚かな考えを否定したが、それでも胸に灯った僅かな光が消える事はなかった。
「リア・・」
力強く、髪飾りを握り、暗い暗い海原を睨んだ。
その先には一艘の船が闇に隠れるようにして浮かんでいた。
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