1
青い空にはカモメが飛び交い、太陽は水面をじりじりと照りつける。
そんな暑い日中、何をするわけでもないが、外へ出て海上に目をやる男がいた。
その男の肌は太陽の光を浴びた事がないほど白い。だが、彼の髪は太陽の光を集めたかのような金髪で、光に反射してキラキラと光っている。
だが、深い海を思わせるブルーグレイの瞳は伏せられて、何か憂いがあるように思われた。
その男、レイルはそっと自らの手に目を落とした。その手の中には太陽の下、一層の輝きを放っている翡翠の髪飾りがあった。
店主に押されて半ば強引に買ったものだったが、彼はそれを大切にし、時折こうして眺めている事があった。
何かを考えるようにそれを見詰める彼に背後から近寄る者がいた。
「そんなに見ていると、穴があくよ?」
「・・・ユーシスか。何か用か」
「冷たいな〜。落ち込んでいるようだから励ましてあげようと思ったのに」
露骨に顔を顰める少年に苦笑しながら近付いて、レイルの手元を覗き込む。
「こんなに綺麗な翡翠、初めて見たよ。・・・彼女にあげるのかい?」
いくらレイルが普通の女よりも数段綺麗であってもまさか自分で付けるはずはない。そうなると、翡翠と言う事からも誰のためのものであるのかは予想がつく。
だが、レイルは相変わらずのしかめっ面で否定も肯定もしない。それでもユーシスには分かっていた。ただの照れ隠しなのだと。
不器用な上司は見ていて微笑ましいが、彼をよく知らない人物にはそれが理解出来ずに単に冷たい男だと映るだろう。
――レイルがもう少し素直だったら、きっと彼女もこんな事にはならなかったんじゃないかな。
こう思わずにはいられないが、所詮は後の祭り。今はもう、ああだったら、と仮定などせずにセシリアを助け出す事が重要だ。
「そんなに心配しなくても、きっと彼女は無事だよ」
何の根拠もないなぐさめに過ぎなかったが、それでも今のレイルには必要だと感じたからこその言葉であった。
もうすぐルキアの海賊船がいるはずのドゥール海だ。こんな所で感傷に浸っている場合ではない。
暗にそう警告するユーシスの意図が伝わったのだろうか、レイルは少し表情を鋭くすると、無言で船内へ戻ろうと身を翻した。
ユーシスは楽しげに小さく笑いながらレイルと代わる様にして縁に近付いて海を眺めた。
だが、何気なく眺めた海の中に青とは違う色を見付けた時、笑いは一瞬にして消えていた。
波に漂ってゆらゆらと揺れるそれはよく見れば人のようであった。
「まさか・・・」
だが、真っ白な顔に細い手足、海の上に散らばる髪を見た瞬間にそれは確信へと変わった。
――間違いない・・・あれは人・・女性だ・・!!
「レイル!!海に女の人が・・!!」
その叫び声に反射的に駆け寄ったレイルは果たしてその女を誰だと思ったのか。
青ざめた顔をして身を乗り出して波に漂う女を見るその様子は普段の彼を知る人が見れば目を疑っただろう。
「レイル、早く救助を!」
「・・!・・あ、ああ」
ユーシスが促して、ようやく少年は海から目を戻した。その瞳には不安が色濃く見て取れた。
彼が何を不安に思っているかは分かっているつもりだ。だが、今は海軍、リズホーク艦長としてのレイルが必要だ。
あれはセシリアではない。
そう言ってやりたいのは山々だが、ここからでは何とも判断がつかない。
もう気休めで大丈夫だと言える様な状況ではなかった。遠目からでも、海に漂うその女は力なく、広い海の中でとても儚く見える。
今は一刻も早く救出する事が肝心だ。そうすれば何もかもが分かるだろう。
――それが例え、レイルにとって最悪のものであっても・・。
レイルが半ば怒鳴るようにして部下に命令する姿を無言で見詰めながら、ユーシスの頭の中にはある光景が鮮やかに蘇っていた。
今となっては遠いあの日、パーティー会場で初めて会った彼女のどこか寂しそうな顔。
可愛らしい少女だった。あの時は暗く沈んだ顔しか見られなかったが、きっと微笑めば例えようもないほど美しいだろう。
彼女の笑った顔が見たい。
おそらく冷たく凍ったレイルの心をも溶かすだろうそれは果たして見られる日は来るのだろうか。
彼女がいなくなってしまったら、おそらくレイルはますますその心に闇を宿し、凍てついた瞳に春が来る事は無いだろう。
「・・・っ・・」
こんな時だからこそ自分がしっかりしなくては、レイルを支えなくてはならないのに最悪の展開を予想しているなんて。
――しっかりしろ!!
そのまま取れてしまうのではないかと思うほど頭を振ってから、ユーシスも副艦長として指揮をとり始めた。
BACK NOVELS TOP NEXT|