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「セシリア様を呼んでもらいたい」
グレインの側近の一人がそう言ってヒルデの元を訪れたのは日が暮れてもう随分と経った真夜中の事だった。
セシリアはヒルデの部屋で眠りについていたのだが、無遠慮にドアをノックする音に目を覚ました。
ヒルデもすぐに気付いたようで、寝着に軽くローブを羽織って何事かと慌ててドアを開ける。
「こんな時間に何事ですか?」
「夜分遅く失礼だが、グレイン様の命によりセシリア様を迎えに参った」
「・・・一体どう言う事ですか?」
「私はセシリア様を連れてくるようにとしか言われていない。急ぎなので早くしてもらいたい」
ベッドの中で二人の会話を聞いているうちに完全に頭は覚醒した。ヒルデが困惑するのも無理は無い。こんな夜中に一体何の用だと言うのだ。
渋るヒルデに男は強く促した。その表情には焦りも見えるので、余程グレインに強く言われたのであろう。
自分のせいで二人を困らせていると感じたセシリアは、ベッドから降りてドアの方に歩み寄った。
「いいですよ、私。行きます」
「セシリアさん!?」
「大丈夫です、ヒルデさん。心配しないで下さい」
不安の色濃いヒルデを安心させるように微笑んだが、上手く出来たかどうかはセシリア自身でも分からなかった。
セシリアも不安だったのだ。
男はその不安な気持ちを少しも解せずにホッとしたように息を吐くと早くするように急かす。
促されるままに部屋を出るところでふわりと暖かい感触を背中に感じた。
見ると、ヒルデが着ていたローブを自分に羽織らせていた。
「夜は冷えるから・・・気を付けてね」
「はい。ありがとうございます」
疑う事を知らないセシリアはヒルデが自分を心配してくれていると思い、素直に微笑んだが、セシリアが出て行った後のヒルデの目には底知れぬ闇が見え隠れしていた。
「いらっしゃ〜い」
部屋から出て来たのは陽気に笑うグレインで、何をされるのかと緊張していたセシリアとしては拍子抜けだった。
「まぁ入ってよ。あ、お前はもう下がっていいから」
その言葉にセシリアはぎょっとした。側近がいなくなってしまったらこの大きな部屋にグレインと二人きりになってしまう。この男の女好きを嫌と言うほど知った今、それは何としても避けたかった。
だが、側近の男はあっさりと引き下がり、セシリアは戸惑うまま部屋の中に通された。
座るようにと言われたが、どうにも安心出来ずにローブで開いた胸元を隠すようにすると、グレインは苦笑いをした。
「そんなに警戒しなくても別に取って食うわけじゃないって」
「信用出来ません」
「結構頑固だね。ルキアのタイプも変わったなあ」
「ルキア?」
今となっては懐かしいその名前に反応して身を乗り出したセシリアを見てグレインはほくそ笑んだ。
「ルキアが気になる?やっぱりお嬢さん、ルキアの女だったんだ」
「お、おんなぁ!?」
「違うの?だってルキアの船に乗ってたんでしょ?あいつは女乗せないから、余程気に入ったんだと思ったんだけど」
顔が引きつったのが分かった。グレインは自分がルキアの船の人間だと知っていたのだ。
いわば敵である自分に彼はどうするのだろう。昔本で読んだ拷問の図が脳裏に浮かび、セシリアは震え上がった。
「怖がらなくても、別に乱暴する気はないから安心してよ。ただちょっと興味があったんだよね」
いぶかしんでグレインを窺うようにして見ると、彼は人好きのする笑みを浮かべた。
「ルキアがお嬢さんのどこに惚れたのか」
「っ、だからルキアと私はそんな関係じゃありません!」
「お嬢さんはそうかもしれないけど、ルキアの方はそうじゃないはずだよ」
「え?」
「好きでもない女乗せるほど暇じゃないって事」
――ルキアが私を・・・好き・・?
そんな事考えた事も無かった。彼は私に同情してくれただけだと思っていた。それなのに。
「あいつも結構女遊びする方だけど、最近一向にしている様子はないと聞いてる。お嬢さんがいるからだろう?」
「・・・まさか」
「いや、間違いないね。全くまだガキだって言うのにあいつも隅に置けないな〜」
「・・・」
「どんな女かと思ったら、まさかお嬢さんみたいな子供とはね〜。まぁ子供同士お似合いか」
「・・・?」
グレインの口ぶりでは彼は前からセシリアの事を知っているようだ。おそらく彼もルキアのように情報入手に長けているのだろう。
――・・・あれ?
そこで初めてセシリアに一つの疑問が生まれた。
「まさか、船を砲撃したのは・・」
私に会ってみたかったから?
考えるだけで嫌な汗が噴出す。まさか自分のせいで大切な船が傷付き、海賊達に多大な迷惑を掛けてしまったのだろうか。
グレインは目を細める。
「そのまさかだよ。でもやった甲斐はあったな」
「え―――・・・!!?」
怯んだセシリアの前に風のように立ったグレインは顔から笑みを消すと、そのまま彼女を胸の中に抱き込んだ。
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