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「あれ〜?お嬢さん、綺麗になって・・・そのドレスとても似合ってるね」
意気込んで甲板に来たまではよかったのだが、ルキアの船とは比べ物にならない人数の海賊達に圧倒されて、声を掛けられないでいると、彼女に気付いたグレインが近寄って来た。
綺麗、とストレートに褒められて嬉しくない女はいない。セシリアは貴族達の社交場でよく褒められたものだがそこまではっきりとは言われた事は無かった。
意図せず心臓が高鳴って、慌ててグレインから目を逸らす。
その彼女の様子の初々しい様子がグレインの目には好ましく、表情を和らげたが返って来たのは怒りも露な少女の睨みであった。
「グレイン・・さんですよね?」
「あれ?俺の名前知ってくれてるの?光栄だな〜」
「茶化さないで下さい!私、あなたに言いたい事があるんです」
「何かな?愛の告白?」
「ヒルデさんの事です!!」
「・・・ヒルデがどうかした?」
その瞬間、明らかに空気が変わった。セシリアの前にいるのは先程までのヘラヘラしたナンパ男ではなかった。
圧倒されて、怯みそうになったがヒルデの涙を思い出して何とか踏みとどまる。
「ヒルデさんがどんな思いをしてると思ってるんですか?あなたの事を本当に愛してるんですよ?なのに、あなたはそんなヒルデさんの気持ちを踏み躙って・・・」
そこでセシリアはある違和感に気付いた。
「・・・何笑ってるんですか・・」
「え?いや〜お嬢さんは子供で可愛いなあと思ってね」
「子供・・?」
「愛とかどうとか言うなんて子供の言う事だよ」
「そんな・・」
「セシリアさん!!」
振り向くと青ざめて肩で息をするヒルデがいた。
口を震わせ肩を揺らす姿は痛ましく、ひどく怯えている様子が伝わって来た。
「ヒルデさ・・」
「ヒルデ、お前が甲板に出てくるなんて珍しいじゃないか」
「グレイン様・・」
微笑んではいるが目が笑っていない。セシリアを通り過ぎてヒルデに歩み寄ると、彼女の震えは一層大きくなった。
「お前がお嬢さんに言ったの?愛がどうこうと・・・俺は言ったはずだよ?」
「あ・・・わ、私・・・」
寒くもないのにガチガチと歯が音を立てる。その姿は痛ましさを通り越して異常であった。
「ねぇヒルデ・・・」
「止めて!!」
それは正に反射的であった。頭で考えるより先に体が自然と動いて、ヒルデを守るように立ち塞がった。
これ以上グレインをヒルデに近付けてはいけないと言う根拠の無い確信がセシリアを動かしていた。
「それ以上、ヒルデさんに近付かないで下さい!」
「・・・お嬢さん・・あんたには関係の無い事のはずだけど」
「いいえ!むしろこれは私が勝手にやった事で・・・関係の無いのはヒルデさんの方です!怒るのなら私を怒って下さい!」
声が震えていないのが奇跡に近いほどセシリアは緊張していた。今までに感じた事の無い種類の恐怖がそこにはあった。
それは死の恐怖だ。この男に殺されるかもしれないと言う恐怖。それほど今のグレインは脅威であった。
だが、恐怖の元凶であるグレインは物珍しそうにセシリアを眺めると、突如大きく噴出した。
「セシリアさん?あんたってかなりおもしろいね。今まで俺が会った事のないタイプの女だよ」
「はあ・・?」
さっきまでの緊張感が一気に脱力へと変わる。もうグレインに恐怖の類は感じなかった。
困惑するセシリアの短くなった髪に軽く触れて、ひどく真面目な表情でグレインは言った。
「気に入ったよ」
その時、背後にいるヒルデが息を呑んだのが分かった。
「あっ、ヒルデさん!?」
逃げるように走り出したヒルデを慌てて追い掛けたセシリアの耳にはグレインが囁いた言葉は聞こえてはいなかった。
セシリアはすぐにヒルデに追いつく事が出来た。彼女は自らの部屋に辿り着く前に廊下で泣き崩れていたからだ。
「ヒルデさん?大丈夫ですか?」
「っ・・どうして・・・こんな事・・」
「・・・すみません・・私の勝手で・・」
「違うの!あなたのせいじゃないわ!」
顔を覆っていた手を外して潤む瞳が露になる。こんな姿を見ると女であるセシリアでも心を動かされる。なぜ男であるグレインが彼女に冷たくするのか全く分からなかった。
ヒルデは零れ落ちる涙を拭いもせずに、しゃくりあげながらも懸命にセシリアに訴えた。
「分かっていたはずだったの、私の気持ちの見返りをグレイン様に求めてはいけないと。でも、やはり心のどこかで思っていた・・・私を、私だけを見て欲しいと」
「ヒルデさん・・・」
「でもやはり駄目だった・・・新しい女性を見付けたんだもの・・」
どう言う意味かと次の言葉を待つセシリアにヒルデは自嘲しながら涙を拭った。
「グレイン様はあなたを気に入ったと仰った・・」
そこで言葉を切り、セシリアを哀れむような羨むような、何とも表現しがたい顔で見詰めると、すっと顔を背けた。
「あの方は欲しいと思ったものは必ず手に入れられるお方・・・」
ヒルデのその言葉の意味を嫌と言うほど知る事になるのはその夜の事であった。
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