愛人と言う言葉が意味するものを掴めずに、ヒルデの妖艶な微笑を困惑しながら見ていると、突然ヒルデが笑い始めた。

 「セシリアさんはとても純粋なのね。驚かすつもりはなかったのよ・・・それに海賊の世界ではよくある話なの」

 何も言わないセシリアの肩を労わる様に軽く叩いて、ヒルデは続けた。

 「大きな海賊団であればあるほど、より多くの女を囲っているわ。普通は他の船に乗せたり陸に置いて来るものなのだけど、この船は少し特別で私達も一緒の船に乗っているわ」
 「あの・・・どうして海賊の愛人に・・?」
 「私は元々海賊の相手をする娼船に乗っていたの。そこをグレイン様・・・この海賊船の船長に見初められて、そのまま乗船する事になったの・・」

 ゆっくりと一言一言噛み締めるように言うヒルデの顔は昔を懐かしむようなもので、苦々しいものは感じられない。

 お頭と言えば、先程自分をここに連れてきた青年だろうか。
 妙に女の扱いに慣れていて軽い雰囲気の青年にセシリアはあまり良い印象を持っていなかった。

 「ヒルデさんはそれで幸せなんですか?」

 ただ男の相手をするためだけの存在になるなど、自分には耐えられない。だから昔から家柄だけで結婚する貴族のやり方に納得出来ないのだ。

 「ええ、幸せよ・・・グレイン様と共にいられるんですもの」

 うっとりと目を細める顔は初恋に胸をときめかせる少女のように清らかで美しかった。

 その表情からヒルデが心からグレインと言う海賊を愛している事が窺い知られ、セシリアは眩しげに目を細める。

 海賊だから、とかそんな事に拘らずにただ好きなのだと笑顔で言える事が羨ましい。

 「愛されているんですね・・・」

 彼女の身から出る美しさはそのためだろうと思い、出た何気ない言葉であったが、それがヒルデの笑顔を凍らせる言葉になろうとはセシリアは夢にも思っていなかった。

 「・・・ヒルデさん?」
 「・・・されて・・ないのよ・・」
 「はい?」
 「愛されてなんかないのよ」

 苦しげに搾り出された声は今まで笑顔で話していた人と同一人物とは思えないくらいだった。

 ――愛されていないって・・・どう言う事・・?

 様々な疑問が浮かび上がってきたが、どれも声に出す事は出来なかった。ヒルデの悲痛な眼差しを受ければ自然と言葉にも詰まる。

 「私はグレイン様の数多くの愛人のうちの一人に過ぎないわ・・・残酷な人・・・私の気持ちを知りながらこうしてまた新しい女性を連れて来る・・・」

 ――・・・新しい女性?

 ヒルデの泣き濡れた瞳はまっすぐに自分を見ている。そこで初めてそれが自分を指している事に気付いてセシリアは慌てた。

 「私は船から落ちたところを助けられただけで、愛人として連れてこられたわけではありません!」
 「え・・・?」

 きょとんとこちらを見たヒルデの目からは今だ大粒の涙が流れている。
 それを見ると、セシリアはひどく胸が痛んだ。

 ヒルデはこれまで自分を恋のライバルであると思っていたにも関わらず、あんなに優しくしてくれたのだ。だが、途中で堪えきれずに感情を吐露してしまった。
 そんな彼女の気持ちを考えると同じ女として感銘を受けないはずはない。

 それと同時に胸に沸々と湧き上がってくるものがあった。


 それはグレインに対する底知れぬ怒りであった。

 こんなにも思ってくれている人がいるのにその気持ちを嘲笑うかのように次々と別の女を連れて来る。そしてその世話をヒルデに任せる。

 ――何て男なの・・・!!

 正に女の敵である。そんな男の腕に抱かれていたのかと思うと虫唾が走る。
 そもそも自分がこんな目にあったのもあの男が大砲を撃ってきたせいなのだ。


 「抗議しましょうよ!」
 「え?」
 「だから、その男に抗議するんですよ!ヒルデさんもこのままでいいわけないでしょう!?」
 「え、ええ・・」

 セシリアの気迫に押されたヒルデは反射的に頷いていた。

 「じゃぁ文句の一つでも言いましょうよ」
 「そんな・・・私には出来ないわそんな事・・・」

 確かにセシリアの言うようにこのままではいけないとは思っていたが、そんな事を言ってグレインに見放されるのが怖くて今まで耐えてきたのだ。

 だが、そんなヒルデの複雑な心情など頭に血の上ったセシリアには分かるはずも無かった。

 「だったら私だけでもやります!その男、どこにいるんですか!?」
 「多分甲板に戻ったと思うけど・・・」
 「甲板ですね!?」


 そう言って、最後まで聞かずに部屋を飛び出して行ったセシリアを呆然と見ていたが、すぐに事の重大さに気付いて青ざめた。

 「いけないわ・・・あの人に逆らっては・・殺されてしまう・・・!!」

 そしてヒルデもセシリアの後を追うようにして部屋を飛び出した。











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