あまりの事に何も言えなくなっていたセシリアであったが、すぐにはっと身を震わせた。

 あの時ルキアは、相手の船は知り合いの海賊だと言ってなかったか。

 自分が落ちてからそう時間は経っていないはずだ。つまり落ちた所からほとんど流されていないと言う事になる。
 そうなると、この船は近くにいたと考えるのが自然だ。

 近くにいた船はルキアのそれを除くと一つしかない。


 無意識のうちに喉がコクリと鳴る。
 すると、それが聞こえたように青年はこちらを見詰めると、ふっと微笑した。

 その笑みに先ほどまでは感じなかった恐怖が湧きあがったのは気のせいであろうか。







 セシリアが連れて来られたのは船内の一番奥にあった部屋の一つであった。

 そこは海賊船とは思えないくらい華やかで、女物の香水の香りが辺りに漂っていた。
 それもそのはずである。その部屋には多くの女性達がいたのだから。

 移動以外の目的で女性が船に乗る事は普通はない事である。当然、海賊船に女性がいるなんてお嬢様育ちのセシリアには全く分からなかった。

 しかもその女性達は皆一様に露出のあるドレスを着て艶やかに化粧をしている。
 そんな中に突然放り込まれて、寝着で化粧の一つもしていないセシリアは自分がひどく場違いのように思えてたじろいだ。

 彼女をここに連れてきた青年は「後は任せる」とだけ言って早々に立ち去ってしまった。

 好奇な目で見られ、セシリアが小さく身じろいだ時、一人の女性が彼女に近寄って来た。

 「まぁあなたどうしたの?ずぶ濡れじゃない。このままでは風邪をひいてしまうわ」

 それはとても綺麗な女性だった。年齢は20代中頃で他の女性に比べて衣装も化粧も控えめだが、それが逆に彼女の美しさを引き出しているように輝いていた。

 他の女性達は、その女性の言葉にはっとしたように着替えを用意したりお湯を持って来てくれたりと忙しく動き回った。

 「まずは濡れた体を拭くべきね。ほら、こちらにいらっしゃい」

 柔らかく微笑まれて細やかな白い手を出されては男はもちろん女であっても従ってしまうだろう。
 セシリアも例外ではなく、見惚れながら半ば無意識にその手を取っていた。






 セシリアはそのまま手を引かれて部屋の奥にあった扉の先、然程大きくはないが落ち着いた雰囲気の小部屋に通された。

 「ここは私の部屋よ。めったに他の人は来ないから安心していいわ」
 「は、はい・・・」
 「ふふ。そんなに畏まらなくてもいいのよ?これで体を拭いて?」

 手渡された白い布はすべらかで何だかいい匂いがした。
 セシリアが体や髪をそれで拭いていると、その女性は何やら楽しそうに鼻歌を歌いながら部屋にあったクローゼットを開いた。
 そして、こちらを振り向いて極上の笑顔を浮かべる。

 「あなた、何色が好きかしら?きっと何でもよく似合うわ。私はこれがいいと思うんだけどどうかしら?」

 言って見せてくれたのは可愛らしい薄紅色のドレスだった。薄い生地で出来ていたが、それほど露出もなく、所々フリルやレースがついていてそれがまた愛らしい。

 「これは私がまだ10代の頃着ていたものなの。今となっては着ていないんだけど、とても気に入っているものだからあなたに着て貰えたらとても嬉しいんだけれど」

 どうかしら、と期待を込めて見詰められては否とは言えない。
 小さく頷いたセシリアに女性は嬉しそうに頬を染めて、早く着てみるようにと急かした。

 「一人で着られるかしら?そこまで着にくい構造ではないものだけど・・」
 「はい、大丈夫です」

 昔から人に肌を見られるのが好きではなかったのでドレスも大抵は一人で着ていたセシリアにとって、このくらいは朝飯前だった。

 「そう。じゃぁ私は少し部屋を出ているわ。出来たら声を掛けてね?」

 鈴が転がるように楽しげに言うと、自分の部屋だと言うのにあっさりと出て行ってしまった。
 きっとセシリアの気恥ずかしさを読み取って気を使ってくれたのだろう。

 「素敵な人・・・」

 彼女の笑顔を見ているとこちらも自然と笑顔になる。人に温かみを与えられる、そんな人だ。
 セシリアもここが敵の海賊船である事を忘れて知らず知らずの内に微笑んでいた。






 「まぁ!何て可愛らしいのかしら!とってもよく似合うわ!」

 おずおずと着替えた旨を伝えると、女性はすぐに飛んできて開口一番にそう言った。

 「あなたの綺麗な銀髪と翡翠色の目にとてもお似合いよ。ただ、髪の長さが少し足りないのが心残りだわ」

 言葉の通り、ひどく残念そうにセシリアの濡れた髪を梳く様子が年よりも幼く見えて可愛らしい。

 そして突然思い出したように小さく声を上げた。

 「私ったらまだあなたの名前を聞いていなかったわ!そうだわ!今ここで自己紹介しましょうよ。私はヒルデと言うの」
 「私はセシリア・・・です」

 セシリアと言った後に間があったのは、フルネームを言おうか迷ったからだ。でも止めた。ミドルネームは貴族の証拠である。知られたら色々厄介な事になるかもしれない。

 だがヒルデはそんなセシリアの思惑など全く解さず、素直に喜んだ。

 「セシリア・・・綺麗な名前ね。あなたにとてもよく似合っているわ」
 「ありがとうございます」
 「ふふふ」

 柔らかく笑うヒルデを見て、セシリアは意を決した。

 「あの・・・聞きたい事があるんですけど・・いいですか?」
 「あらなあに?何でも聞いてちょうだい」
 「ここは海賊船ですよね?・・・どうしてヒルデさんは海賊船なんかに乗っているんですか?」

 ヒルデの顔から笑みが消えた。
 その事でセシリアが聞いてはいけない事だったかと焦った瞬間、

 「私が海賊船に乗っているのはね・・・私がこの海賊船の頭の愛人だからよ」

 そう言って笑んだ彼女には今までにない妖艶さがあった。











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