ルキアが甲板に出ると、そこにはもうアフツァルが既にいた。
 彼は強い潮風に靡く黒髪を少し押さえて、足早にルキアの方へやって来た。

 「敵の判別はついたか?」

 そのルキアの鋭い問いにアフツァルは少し困った顔をした。

 「分からないのか?」
 「いえ・・・よろしければご自分でお確かめ下さい」

 珍しい青年の様子に少し首を傾げながらも差し出された望遠鏡を手にして朝霧にぼやける先を見る。

 辺りはまだ薄暗いので敵船の姿もよく見えない。しばらく左右に頭を動かしていたが、ある一点でそれはピタリと止まる。

 そしてルキアはポカンと口を開けた後、ゆっくりと口を結んで笑みを作った。

 「ルキア?」

 望遠鏡を覗いたまま、小さな子供のように声を上げて笑う少年を不思議がるレンに彼は望遠鏡を渡してまた笑んだ。

 「・・・!!あの船って、まさか・・・」

 ルキアに習って望遠鏡を目に当てたレンは驚きに声を上げて隣にいた少年を見上げると、
 「そのまさかだ・・・グレインの野郎、また何しに来たんだあ?」
 と、大げさに溜息を吐きながら言うが、声の調子は明るかった。

 レンはそれが不思議でならなかった。グレインの事は自分もよく分かっているつもりだ。
 海賊王と呼ばれ市民に英雄扱いされるルキアが気に食わなかったのか突然戦いを挑んできた。しかも一対一の真剣勝負だ。
 運も味方してその時はルキアが勝ったが、それからというものグレインはよくルキアにちょっかいをかけてくる。

 初めはまた戦いに来たのかと警戒もしたものだが、いつもその青年は読めない笑顔を浮かべて他愛もない話をするだけで攻撃をしてくる様子はなかった。


 だが、今日は何かが違う、とレンは幼いながらも直感した。


 現に今こうして砲弾を放っている。明らかに敵意があるのではないか。

 そんな少年の気持ちを代弁したのが傍でずっと控えていたアフツァルであった。

 「・・・迎え撃ちますか・・?」
 「いや、必要ない。砲弾はあいつなりの挨拶だろ。当てるつもりならとっくに当ててる」

 敵であるのに親しみさえ篭っているような言い方にレンが少しムッとした時、後ろから少女の声がして、はっとして振り返った。

 「遅くなってごめんね」

 薄暗い中でも分かるほど鮮やかな薄紅色の頬に疑問を持ちながらもレンが彼女に駆け寄るより先に、ルキアがセシリアに近付いた。

 「どうしたんだ、顔赤いぞ」

 指摘された少女はあんたのせいでしょ、と思わず怒鳴りたくなったがそれを直接本人に言う度胸は無く、別にと顔を背けるだけに終わった。

 そんなセシリアにルキアは意味深げに笑うと、突然切り出した。

 「敵はオレの知ってる海賊だった」
 「え・・・そ、そう・・・」

 ドキリとした。そしてその事で自分が密かにこの敵襲はレイルのものではないかと思っていた事に気付いた。

 セシリアの胸中はとても複雑だった。
 レイルではなくホッとした気持ちと、彼ではなかったと言う失望感。


 「・・・がっかりした?」

 自分の心を見透かされたような気がして驚いて彼を見ると、ルキアは笑いを引っ込めて、目は真剣な色を湛えていた。

 「え、あ・・・」

 何か言わなくては、と必死に考えたが考えれば考えるほど混乱していく。

 ルキアは焦る少女を冷ややかに見詰めると無言で離れて行ってしまった。

 声を掛けようと思い、伸ばされた手はそのまま空を裂いてだらりと体の横に収まった。

 「何を言うっていうのよ・・・事実じゃないの・・・」

 そうは言ったものの、彼にそう思われるのが何だか妙に嫌だった。




 セシリアがしょんぼりと肩を落とした時、声を掛けようとしたレンがある事に気付いた。

 「ル、ルキア!ふ、船が・・・!!」

 朝霧の隙間から敵船の穂先が見えた。その穂先が自分達の船の真横に見えたものだからレンは慌てた。

 敵の海賊船はこの霧を利用して至近距離まで近付いていたのだ。ルキアの発言に気を緩めていた海賊達はその事に全く気が付かなかった。



 そして――――


 ドゴォォォン!!!


 「きゃぁぁぁぁ!!」

 爆音と同時にバキバキと嫌な破壊音が聞こえ、船がひどく傾いた。

 「あいつら・・・本当に打ってきやがった!!」

 そう叫んだのは誰であろうか。だが、セシリアにそれを確認する事は出来なかった。


 視界が上下逆になったと思った時にはもう体は船の外に投げ出されていた。

 自分の体が重力に従って落下していくのを肌で感じた次の瞬間には体に突き刺さる衝撃と呼吸を止める大量の塩水が襲ってくる。

 ――誰か・・・っ・・・!!

 必死にもがいたが、息の出来ない苦しさと体の痛みでセシリアの意識は遠くなっていった。  











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