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静まり返った部屋に金属のぶつかる音が響き、海賊達は一斉に音源であるセシリアを見た。
「どうしたんだ?嬢」
「気分でも悪いのか?」
心配そうな彼らの声に、大丈夫と笑顔を作ったが、隣に座っていたレンの目は誤魔化せなかったようだ。
「本当に大丈夫か?」
そう言っていつになく心配そうにこちらを見てくる少年にセシリアは慰められて今度こそ作り物ではない笑顔で答えた。
「うん大丈夫。ありがとね」
「べ、別に・・・」
瞬時に顔に朱を走らせて下を向いてしまった様子が年相応に可愛らしく、クスクスと笑っているとルキアのわざとらしい咳払いが聞こえ、慌てて口を噤んだ。
「海軍に追われる事なんて珍しくないっすよ。どうしてわざわざ報告するんですか?」
その意見に皆一斉に頷いた。
この海賊団は世間でも有名であるし、ルキアなどは海賊王と呼ばれ市民の間ではヒーロー扱いになっていると聞く。
海賊が英雄扱いされるのを良しとしない海軍に追われるのは尤もな事で、現に今までも何度かあったようだ。
それなのにわざわざルキアが苦手な早起きをしてまで報告するのはなぜか。
ルキアには結婚相手が海軍だと言ってはいない。だが、先ほどの意味深げな視線と言い、何かを知っている事は確かだろう。
――まだ海軍がレイル達だと決まったわけじゃないのに・・・。
海軍は主要な国には必ずある。母国が世界随一の海軍を誇るからだろうか。海軍と聞くと全てメリクリウス王国のものだと思ってしまう。
悶々と考え込んでいるセシリアとは逆に、ルキアは肉を一欠けら摘みながら、極めて明るく言った。
「その海軍、今までの奴らとは違うらしいんだよ」
そしてそれを口に頬張って、楽しそうにニヤリと笑った。
「お前ら最近退屈してただろ?久しぶりに楽しめそうな相手だから言ったんだよ」
海賊達からどよめきが起こる。どうやら興奮しているようだ。
こんな時、ひどく疎外感を感じる。やはり彼らも海賊で戦いを好むのだ。
周りが久々の戦いの予感に胸を膨らませる中、セシリアは一人俯いて考え込んでいた。
その海軍がレイルと決まったわけではないのに、戦いを思うとひどく動揺が走る。元々戦いを好まないと言う事もあるが、それ以上に言葉では言い表せない不安があった。
皆が盛り上がっている中、こんな気分の自分がいてはいけないと思いそっと席を立つ。
レンが何か言いたげにしていたのに気付いていたが、心の中で謝って敢えて無視をした。彼の優しさに甘えるわけにはいかない。
暗い気持ちで廊下を歩いていると、前から見慣れない人物がやって来るのが見えた。
長い闇夜を思わす漆黒の髪に同色の目。スラリと伸びる長い手足。アフツァルである。
普段彼は他の海賊と行動を共にする事はなく、自室にいるかルキアの部屋にいるかのどちらかが多い。この先には食堂しかないので、おそらくそこに向かうのだろう。
セシリアは彼が苦手であった。なぜだか分からないが自分が彼にひどく嫌われている事を何となくではあるが察していたからだ。
自分を嫌う相手にわざわざ何かしようとは思わないので、たまに会ってもお互い終始無言が多かった。
こちらに早足で向かってくる相手に道を譲ろうと隅に移動して青年が通り過ぎるのを待ったが、いつまで経っても足音が遠くなる気配が無い。
「・・・?」
不審に思い、下げていた頭を持ち上げてぎょっとした。目の前にアフツァルがいたからだ。
思わず後ずさり、鼓動の高まった胸を押さえながら必死に言った。
「何か用ですか?」
「・・・海軍の話、聞きましたか・・?」
ぎくりとしたのが顔に出たのだろう。アフツァルは目を鋭く光らせた。
「聞きましたけど・・・それが何ですか?」
知っている。彼とルキアは絶対に何かを知っている。でなければこの無口な青年がわざわざ話しかけたりするはずはないのだ。
焦るセシリアと対照的に涼しげな顔を崩さず、そうですか、と一言言って青年は食堂へ入っていった。
完全に姿が見えなくなるまで見送ってからセシリアは足早に部屋へと戻った。
――やっぱりそうなんだわ。
海軍とはレイル達リズホーク艦にほぼ間違いないだろう。そしてレイルがセシリアの婚約者だと言う事もおそらく分かっている。
方法は分からないが、様々な情報をすぐに入手する事が出来るルキアにはそのくらいすぐに分かっただろう。
海軍が付きまとう女であるのにも関わらず、こうして置いてくれているルキアに感謝の気持ちが湧き上がると同時にもう一つ、胸に込み上げて来る感情があった。
――嬉しい・・・。
理由はどうあれ、レイルが自分を探してくれている事実がセシリアを喜ばせた。
――まだ少しは気にかけてくれてるのかな?
短くなった髪を無意識に触りながら波音に耳を澄ませる。
事件が起こったのは翌日の早朝であった。
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