「おい、起きろよ。もう皆飯食ってるぞ」

 まだ幼さしかないソプラノの声によってセシリアは心地よい夢の世界から現実の世界へ引き戻された。

 「・・・おはようレン君・・・」

 ボーッとする頭を押さえながらいつものように自分を起してくれた少年に朝の挨拶をする。

 「・・・ん。ほら、急いで着替えろよ」

 少年の方もいつものように軽く頷いて顔を背ける。
 初めはまだ心を開いてくれていないと思い寂しくなったものだが、最近になってそれが照れ隠しなのだと分かってきた。

 にっこりと微笑んで、着替えを手伝ってくれる?と言うのも、レンが顔を真っ赤にして部屋を出て行ってしまうのもいつもの事だ。
 レンが出て行った扉を見ながらクスクスと笑う。何だかんだ言いながらも扉の外で待っていてくれるのだ。

 「早く着替えないとね・・・」

 真新しいクローゼットの中には煌びやかなドレスではなく、動きやすさを主にした軽装が何枚もある。元々ドレスがあまり好きではなかったのでセシリアにとっては嬉しい事だ。




 5分ほどで着替えなどを済ましてそろりと扉を開けると案の定そこで待っていたレンと目が合う。
 やはりすぐに逸らされてしまったが、セシリアは満足であった。




 食堂へ向かうまで特に話したりはしないが、目の前の少年が日に日に元気になっていく姿を見るだけで嬉しくなる。
 まだ食べる量は少ないけれど、吐く回数も少なくなり体もほんの少しふっくらしてきたように思う。

 今では他の皆と食事が出来る様になり、朝はこうして二人で食堂へ向かうのが日課だ。



 「おう、レン!嬢!来たか!」
 「今日も寝坊か〜?」
 「早く座れよ」

 食堂に入るなり一斉に海賊達の笑い声やからかいの声が襲い掛かる。

 セシリアはまだ慣れずに、この瞬間はいつも及び腰になってしまうのだがレンは慣れたもので、
 「オレは寝坊してないからな」
 言いながら空いている席に腰掛ける。

 「ほら、嬢も早くしねぇとなくなるぞ」
 「あ、はい」

 入り口の近くに座っていた髭面の海賊に促されて慌ててレンの隣に腰掛ける。
 ”嬢”と言うのは海賊達の間でのセシリアの呼び名である。

 呼び捨てにしてくれて構わないと何度も言うのだが、ルキアの連れて来た女であり貴族の娘であると言う事で少し遠慮しているようだ。
 初めは”嬢ちゃん”で通っていたが、その内に”ちゃん”が取れて”嬢”となってしまった。

 まだ自分に何が出来るか分からないで、お荷物状態であるはずなのにこんな事でいいのだろうかと常々思う。

 ルキアが言うにはレンが元気になってきたのはセシリアのおかげであるから感謝しているらしい。
 ここにいる海賊達は何かしら、しがらみを持っており同じく過去に囚われるレンを他人事とは思えず、とても気に掛けていたらしい。

 その話を聞いた時は自然と笑顔が零れたのを覚えている。少なくともここにいる海賊達は世間で言われている残忍な者ではない。むしろ情は普通の人よりも深いように感じる。

 彼らの役に立ちたいとすら思っているのに自分に出来る事は少ない。その事や彼らを騙している事にひどく罪悪感があった。

 彼らは自分が結婚が嫌で逃げ出したと思っているが、実際は違う。ある海賊の手掛かりを掴むためにこうしているのだ。
 それは心優しき彼らを利用している事になり、彼らと親しくなっていくに連れて、嬉しさと同時に胸の痛みが激しくなる気がしていた。


 ――どうすればいいんだろう・・・。


 フォークを持ち、目の前の朝食とは思えない豪勢な料理をぼんやりと見詰めていると、一人の海賊が、頭と叫んだ。
 その声に全員入り口の方に目をやると少し寝癖のついた黒髪と眠そうにゆるんだ赤目が現われた。

 驚いたのはセシリアだけではないだろう。ルキアが起きるのはいつも昼過ぎで、朝食と一緒に部屋で昼食を食べるのが常だからだ。

 不思議に思った海賊の一人が皆を代表して声を上げた。

 「珍しいっすね、どうしたんすか?」

 その問いに、ルキアは盛大な欠伸でもって答えた。
 そして伸びをしながらこちらに近付いて来る。

 ――え?

 一瞬目が合った。その目が意味深げに細められたように見えてセシリアは眉を寄せた。

 だが、すぐに逸らされてルキアはいつものように明るく仲間を見渡した。

 「今日はおもしろい情報が入ったから報告しようと思って来たんだ」

 ――おもしろい情報・・・?

 なぜか嫌な予感がする。先ほどのルキアの様子も何かありそうだ。




 だが、ルキアの口から出た言葉はあまりにも意外なものであった。


 「どっかの国の海軍がオレ達を探しているらしいんだ」


 カシャン、と手に持っていたフォークが落ちた。



 そんなまさか。



 レイル・・・・・・あなたなの?  











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