9
レイルは思ったよりもすぐに意識を取り戻した。自らも夢から覚めたいと願っていたからだろう。
「ん・・・」
伏せられた瞼と睫毛が小刻みに動いたかと思うと、ゆっくりとブルーグレイの瞳が姿を見せる。
「レイル、大丈夫かい?」
声を掛けるがまだ覚醒しきれていないのか、ぼんやりと天井を見ている。
その様子を間近で見て、やはりおかしいとユーシスは思った。寝る時も気を張っていると本人が言っていた通りに少年の目覚めはとてもいいはずなのだ。
少年は億劫そうに首を動かして傍にいた青年を見ると、ようやく目に光が戻ってきた。
「ユーシス・・・?」
なぜここに、と言うような表情にユーシスは苦笑した。
「覚えていないのかい?エリオットが気を失ったレイルをここまで運んで来たんだよ」
「そうか・・・」
言葉ではそう言うが、顔は納得していないようで困惑気味に眉を寄せていた。
――やはり覚えていないか・・・。
予想はしていたが何があったのかはレイル本人にしか分からないので記憶がないとなると何も解決しない。
だが、全てを忘れているわけではないだろう。覚えている所までを聞こうと身を乗り出した時、後方で扉の閉まる音がした。
「エリオット・・・」
自分がいては邪魔だろうと判断したのだろうか。何にせよ彼には感謝しなくてはならない。
機会があったら話してみたいと思いつつ、意識を体を起そうとしている少年へ戻す。
枕に背を預けながら握った拳を見詰めている彼はひどく弱弱しく見えてユーシスも困惑してしまう。
何と声を掛けたらいいか分からずにいると、意外にもレイルの方から口を開いた。
「・・どうやら、俺はまたやってしまったようだな・・・」
「・・・殺してはいないよね?」
レイルはひたすら己の拳を見詰めたまま、か細い声で唸った。
「殺してはない・・・相手は海賊だった」
「海賊!?」
驚いて身を乗り出した青年に軽く頷いてみせる。
今度はユーシスが唸る番だった。よりによって海賊がレイルの前に現われるなんて。不幸なのは海賊か、レイルか。
「そんな顔をするな。その海賊のおかげでいい情報も手に入った」
「情報?一体何の・・・?」
「セシリアの居所だ」
それに声を失くすユーシスに少し表情を和らげてベッドの傍にある窓から海を見詰めた。
「正確にはルキアの居所だが・・・」
「レイル・・・」
目を細めて何かを懐かしむような、愛しむようなこちらまで切なくなってくる表情をしている。今彼が見ているこの大海原の何処かに彼の花嫁がいるはずだ。
だが、しんみりもしていられない。なぜそんな情報を手に入れたのか詳しく聞く必要があった。
青年が問うと、少年はすっと顔を引き締めて窓から視線を外した。
「・・俺が手傷を負わせると、ルキア以外にやられたのは初めてだと言った。そいつはルキアを知っているようだった」
目を閉じるとありありと思い出される。
腕から流れる血と不敵な笑み。
その口から”ルキア”の3文字が出た時は息が止まった。
その様子から何かを察したのか、男は凍りついたレイルに近寄り、その耳元で囁いたのだ。
――ルキアを探しているなら北に向かうといい。
「そこから先は記憶に無い。おそらく俺は峰打ちをされて気を失ったんだろう」
なぜ殺さずに気絶させるだけに留まったかは不明だが、そんな事今はどうでもいい事だ。
「ここから北と言うと・・・」
言いながら地図を広げてベラミー海から北へ指を滑らせる。
レイルはユーシスの様子を横目で見てから再び視線を海へと戻した。
「ドュール海だ」
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