「くそっ・・・不味いな・・・」

 呟いたその言葉に男は思わず上司の整った横顔をまじまじと見てしまった。
 彼のこんな顔を見たのは初めてだった。彼が自分の上司となってからそう日は経っていないが、普段の様子を見ていると彼がどれだけ穏やかで優しい人物か分かっていたからだ。

 その彼が、ユーシスがこんなに焦りを滲ませるなんて現状はとても厳しいようだ。




 ――これは本当に不味い事になったな。

 予想外だった、何もかもが。

 海賊が思ったよりも手ごわくて大船団だった事。新米の部下達が文字通り使い物にならない事。

 そして―――

 ――レイル・・・やっぱり君がいないと駄目みたいだ。

 ユーシスの何が悪いと言うわけではないが、それ以上にレイルの統率力には目を見張るものがあった。あの少年は生まれつき人の上に立つべき人間なのだ。



 ドォーン!

 バシャァン!!


 「っく・・・!!」

 爆音が海上中に響き、激しい波がリズホーク艦にぶつかって大きく揺らいだ。
 ユーシスはとっさにマストにしがみついて甲板に打ち付けられる事は無かったが、何人かが背中を強打して低く呻いた。

 睨むようにこの爆撃の張本人の海賊船を見ると、海賊達はせわしなく動いており、すぐにまた砲撃が来ると思われた。

 先程はたまたま横にずれて助かったが、直撃でもしたらいくらリズホーク艦とは言え被害は甚大だろう。それだけは避けなくてはならない。

 「舵を左に取れ!向こうの船の裏に回るんだ!砲弾の無い面に移動しろ!」

 それを受けて、はっとしたように何人かの男が舵を握り、狂ったように左に回す。

 ゆっくりと左に展開する艦にもどかしさを感じる事は否めない。こんな時、重装備で大きなこの艦が恨めしく思ってしまう。


 もたもたしてはいられない。裏に回る間に今度はこちらから砲撃が出来る。こちらの砲弾は海賊船のそれとは比べ物にならないほど質も量もいいはずだ。

 「砲撃用意!」

 艦全体に聞こえるぐらいに声を張り上げたが、皆一向に砲撃の準備に向かう気配を見せない。
 それに思わず苛立つと、一人の若い男から信じられない言葉を聞いた。

 「申し訳ありません!!・・・やり方が・・」
 「分からないって言うのかい!?」

 再び申し訳ありません、と頭を下げた男の頭を見ていたら、不思議と頭が冷えてきた。


 「・・・僕がやるよ」
 「え!?そんな・・・」

 男は驚いたように頭を上げたが、ユーシスはそれを何かを吹っ切れたような笑顔でもって答えた。

 そうだ。最初からそうすれば良かったのだ。今まで何を自分は拘っていたのだろう。
 副艦長だからとか、レイルがいないのだからとか、色んな事を考え過ぎて自分がやらなくてはと躍起になっていた。

 使い物にならなかったのは彼らではなく自らだったのだ。







 甲板から身を翻して船内の奥、船の心臓部へ進む。
 着いて来い、とは言わなかったが先程までとは何か違う雰囲気に誘われて多くの船員がユーシスの後を追った。


 砲弾を詰めて発射させる砲撃場に着いて、作業に取り掛かろうとすると先程頭を下げた男が前に進み出てきた。

 「指示を下さい」

 その瞬間、初めて多くの部下が自分を追って来ていたのだと知ってユーシスは驚いたがすぐにいつも通りの穏やかな笑みを浮かべた。

 「・・・そうか。じゃぁまず弾を詰めてもらおうかな」
 「はい!!」

 こんな状況にも関わらず、皆の顔には不思議と笑顔があった。



 そんな時、バタバタと下層の砲撃場に下りてくる足音が荒々しく聞こえた。

 「副艦長!!」
 「海賊船に動きがあったのか!?」

 もう次の砲撃が来るのか。それにしては早すぎる。

 緊張の面持ちで見守る中、報告に来た海軍の男は乱れる息の中、途切れ途切れに言った。

 「それが・・・海賊船が突然方向を変えて・・・もうこちらとは戦闘するつもりはないようです」

       











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