こんな男は初めてであった。

 ふざけている様に見えるが目は鋭く光っており、隙一つない。




 一旦剣を引き、距離を取るように後ろに下がると男は首筋の血に手を当て、その手に付いた血をぺロリと舐めた。

 「いったいな〜俺は苛められるより苛める方が好きなんだけど」
 「何を・・・」

 一瞬目に凶悪な光が浮かび、思わずというように後ずさりをしながら剣を強く握り締める。

 それを目に捉えた男は自分の腰に下げた物に目を向けた。

 「何、やる気?でも俺、剣はあんま得意じゃないんだよね」

 確かに剣は薄汚れていて手入れが行き届いているとは言い難い。だが、それに比べて銃は専門ではないレイルでも分かるほど使い込まれている。


 銃相手に一対一で戦った経験などない。一体どう言う戦術で行けばいいのか。


 困惑が珍しく顔に出ていたのか、男は人の悪そうな笑みを浮かべるとスラリと剣を抜いた。

 その剣を見てレイルは軽く眉を寄せる。おそらく血の付いたままにしておいたのだろう、所々錆びている。

 潮風に乗ってうっすらと鉄の香りがした。剣は得意ではないと言いながら一体何人の人間を手に掛けたのか。


 ・・・吐き気がする・・。


 「・・・・・・・・・・・海賊か」

 まさかとは思ったがそうとしか考えられない。海軍で培った直感がその答えを導き出した。

 男は意外そうに目を丸くしたが、すぐに楽しげに口を歪めた。


 「―――――――っ!!!」


 その瞬間、7年前の光景が鮮やかに蘇った。同じように血を纏って残忍な笑みを浮かべていた男。






 ”・・・殺して・・・・・殺して、レイル・・・”






   「・・・っ・・かはっ・・・」


 喉がカラカラに渇いて息が上手く出来ない。
 酷い吐き気と耳鳴りが体を襲い、その場に膝を着いた。



 ”殺して・・・”



 「うっ・・・ごほごほごほっ!!」


 やめてくれ。


 ”早く・・・殺して・・・殺しなさい・・・”



 いやだよ、僕には出来ない・・・!!



 ”殺しなさい、レイル!!!”



 耳鳴りが止んだ。


 ああ・・・分かったよ。分かったから・・・。


 もう苦しまなくていいから。


 落ちていた剣を持ち振り上げる。


 今、楽にしてあげるよ。




 さようなら・・・母上。        











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