海賊。

 その言葉にその場にいた誰もが動きを止めた。


 一瞬にして静まり返った市場に一人の男が転がるようにして走ってきた。



 「海賊船が沖合いに見えた!こちらに向かってくるぞ!!」

 その瞬間、静まり返った市場は人々の悲鳴に包まれた。皆我先にと逃げ出していく。

 ユーシスは女の子達に避難するように言い、自分は人々の流れに逆らって海――リズホーク艦を目指した。

 このクルト島は小さな島国であり、海賊に対抗出来る海軍も武器も無いに等しい。特に最近は海賊が出ないので油断していたのだ。

 ――沖合いにいるならまだ間に合うかもしれない。海賊をこの島に入れてはいけない。









 「副艦長!!」

 艦に戻ってからまずしなければならない事は新米の部下達を落ち着かせる事だった。恐らく海賊船を見たのだろう、皆一様に動揺していた。

 「落ち着いて。それよりもレイル・・・艦長はまだ戻っていないのかい?」
 「あ、はい。まだ戻られていません」
 「・・・そうか・・・」

 本来なら艦長の帰艦を待つべきだろうが、今は一刻を争う。島に接近していない、砲弾が届かない距離にいる今を逃せば住民達に被害が出る可能性もある。

 振り返って自分が来た道を見ても、誰かがこちらに向かって来る様子もない。


 ――後で迎えに来るよ、レイル。


 心の中で小さく詫びて、ユーシスは顔を引き締めた。そして、リズホーク艦副艦長として高らかに宣言した。

 「この艦は今から出航して海賊船を撃退する・・・僕達の記念すべき初任務だ!」









 「っち!」

 逃げ惑う人込みに逆らって走るのは至難の業である。何回目か分からない人にぶつかって、レイルは舌打ちをした。

 一刻も早く戻らなければならないと焦るほど上手く前には進めない苛立ちにどうにかなりそうだった。

 狭くなる視界の先に大きな広場が見えた。あそこまで行けばこの人込みからも開放されるだろう。
 わずかな希望を胸にレイルはその細身の体ですり抜けて行った。




 数分後、思ったとおり広場にはほとんど人が残っておらず、やっと身を自由に動かせる事になった。

 気を取り直して走り出そうとした時であった。その場に相応しくない調子で声を掛けられたのは。

 「そんなに急いでどこにいくの・・・お嬢さん?」

 それは20代半ばくらいの若い男だった。灰色の肩より少し長い髪を無造作に垂らし、薄青の瞳はおもしろそうに細められている。
 装飾品を首からジャラジャラと付け、体には薄い布を巻いているだけと言う軽装で、腰には銃と剣を下げている。

 それだけでも十分奇妙であったが、それよりもこの男が逃げようともせず呑気に座って酒を飲んでいる事が信じられなかった。


 「貴様・・・何者だ」
 「おお怖。そんな顔したらせっかくの美人が台無しだよ」

 その答えにレイルはますますその秀麗な顔を歪めた。からかっているとしか思えない。女に間違えられる事はよくあったが、今は誰でも分かる海軍の軍服を着ている。間違えようがないはずである。

 だが、男はレイルの威嚇を物ともせず酔っているのか少しふらつきながらゆっくりとこちらに向かってきた。

 「そっちには海賊船がいるらしいから危ないよ〜?それよりも一緒に飲もうよ」

 あくまでも態度を崩そうとしない男に少年は腰にある剣を抜いて、その先を男の首筋に向けた。

 「そんなに怒らなくてもいいじゃん。ただ一緒に飲もうって言ってるだけなのに」

 誰でも剣を向けられたら少なからず恐怖が生まれる。だが、この男は怯えるどころかまるで状況を楽しんでいるかのように笑いながら酒を一口飲んだだけであった。

 「俺の質問に答えろ。貴様は何者だ」
 「何?俺に興味持ってくれてるの?嬉しいな〜」

 男は大げさに笑ってから、すっと真顔に戻り、向けられている剣の先にあるレイルの白い手を掴んだ。

 「・・・っ」

 咄嗟に振り払おうとしたがびくともしない。反動で剣がカタカタと震えて男の首を少し掠めたが、男は何事もなかったように楽しげに口を歪めた。

 「まぁしばらく俺と楽しもうよ・・・海軍の坊や」


 レイルは目を見開いた。



 ――こいつ・・・ただ者ではない・・・!











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