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「軍人さん、ちょっと寄ってかないかい?活きのいいの入ったんだよ」
「男前の旦那!いい子いるんだよ〜どうだい?」
こんな言葉を歩いているたびに言われて、ユーシスは内心冷や汗をかいていた。斜め前を歩く若き上司の顔は無表情に見えるが彼にはひどく不機嫌である事が分かっていた。
――だから残っていればよかったのに・・・。
今ユーシス達はベラミー海に面している小さな島国の一つ、クルト島の港市場に来ていた。
そもそもなぜこんなところにいるかと言うと、ユーシスが提案した事なのだ。ベラミー海に着いたはいいが、そうすぐに海賊に会う事などない。
だから食料の補充も兼ねて情報を仕入れようと言うのが目的である。
食料の方は部下に任せて、レイル自ら情報を仕入れると言った時は慌てた。レイルが喧騒な港市場に馴染むはずもないし、目立ってしまう事は分かっていたのだから。
現に今、周りの視線――特に女性からのそれは凄まじいものがあるし、とても聞き込みどころではない。
「レイル・・・君はやっぱり戻った方がいいと思うよ」
自分一人ならば簡単に済む事は分かっているだけに歯痒いのだ。
レイルに見えないように溜息を吐いたところでこちらを見ていた若い女の子達と目が合う。にっこりと笑んで手を振ると、真っ赤になってどこかへ行ってしまった。
「何してるんだお前は」
それに気付いたレイルは露骨に顔を顰めたが、それをしたいのはこっちの方だとユーシスは内心毒づいた。
「そんな不機嫌な顔してると誰も情報なんてくれないよ?僕みたいにとは言わないけど、もう少し愛想を良くして・・・」
「無理だ」
ぶっきらぼうに言い放って早足に進む少年。本当にこういう所はまだまだ子供である。
今回ばかりは彼に付き合っていたら掴める手がかりも掴めない。ユーシスは足を止めて前を行く少年に呼びかけた。
「ここからは別行動をとろう。夕方前には艦に戻るから」
てっきり付いて来ると思っていたユーシスからの突然の提案にレイルは一瞬戸惑ったが、了承の意を伝えた。
軽く笑んで去って行くユーシスを見送ってからレイルはまた歩き出した。
人が多く行き交い賑わう姿は目に新しい。興味深いとは思うがそれを好む事はないだろうと思う。
情報を手にするためには人と話さなくてはならないのだが、自分にはとても出来そうにない。ユーシスの言うように艦に戻っていた方が良いのかも知れないとは思うが、一度決めた事を曲げる事は本意ではない。
見るともなしに辺りに広げられている露店を眺めていると、あるものが鮮やかに目に飛び込んで来た。
それは小さな髪飾りだった。豪勢な飾りなどない至ってシンプルなものであったが、それが翡翠で出来ているところに目を惹かれた。
脳裏に浮かぶは髪飾りと同じ瞳を持った一人の少女。
「それがお気に召しましたかい?」
その声にはっとすると、おそらく店主であろう中年の男がニコニコとこちらを見ていた。
そこで初めて自分がそれをじっと見詰めていた事に気付いて慌ててその場を離れようとしたが、そう簡単に客を逃がしはしない。
「よく出来ているでしょう?翡翠だけで他は何も使ってないからちょっと地味に見えるかもしれませんが、これは一点ものなんですよ」
「・・・一点もの?」
つい聞き返してしまったのが不味かった。男はあからさまに顔を輝かせて早口にまくしたてる。
「そうなんですよ。こんな綺麗な翡翠は滅多に採れませんからね。しかもこれを作った職人は同じものを二つと作らない者でして・・・」
手にとって見てみて下さいと半ば無理にそれを押し付けられて、レイルはしぶしぶ目を落とす。
近くで見れば見るほどそれが素晴らしいものだと分かる。確かにこんなに美しい翡翠は見た事がない。
ちらりと見た店主の顔は期待に満ちている。
「・・・・これを貰おう」
言った時の店主の顔ときたら表現し難いものであった。
「ねぇちょっと君達」
レイルと離れたユーシスは早速近くにいた女の子達に笑顔で声を掛ける。
声を掛けられた方はたまったものではない。先程まで遠巻きに見ていた青年が急に自分達の方に近付いてくるのだから。
ユーシスの方はまた逃げられたら困るので努めて明るく友好的に近付いた。
「最近この辺りに海賊なんて出た事ないかな?」
「海賊ですか・・・?」
戸惑いがちにだが答えが返ってきたのでどうやら今度は逃げられる事はなさそうだ。
彼女達はお互いに目で確認し合ってから一人の少女が前へ進み出た。
「最近では聞きませんよ。船を見かける事もないですね」
「そっか・・・」
その答えに落胆したがそれを顔に出すようなヘマはしない。それならばセシリアを攫ったルキア達について聞こうとした時、誰かが叫んだ。
「海賊だ―――!!!」
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