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「どこからでもかかってこい」
レイルお得意の相手を小ばかにするように笑えばもう勝負はついたようなものだ。相手は平静さを失い、嫌でもレイルのペースに巻き込まれる。しかもそれを無意識にやるのだから性質が悪い。
学生時代もよく先輩相手にそれを行ってますます目を付けられる事になったのだ。
レイルが負けるとは思わないが、相手は今までやってきたひ弱な坊ちゃんとは訳が違う。多少の不安は禁じえなかった。
対するエリオットはピクリと眉を動かしただけでいたって冷静である。
「そうですか。ではお言葉に甘えて」
言うやいなやすばやく攻撃を仕掛けてくる。それを受け止めた時に発される金属同士のぶつかり合う音が波音を掻き消した。
剣を正面で交差させながら対峙していると相手の顔が良く見える。自分の渾身の一撃を軽々受け止めるレイルにエリオットは心底驚いていた。
女みたいな顔をして、細身の体にどこからこんな力が出るのだろうか。
「くっ・・・!」
力勝負に根負けしたエリオットが剣の交わりを絶つ。
信じられない、力で負けるだなんて。しかも息を乱す自分とは違い、年少の艦長は汗一つかいていない。
「もう終わりか?」
構えもせずに歩いて来る少年に初めて恐怖を覚えた。まったく隙がない。勝機が見出せない。
周りでこの勝負を見守っていた新米海兵達も皆一様に呆然としていた。剣ではエリオットに敵うものは海軍学校にはいなかった。その彼が・・・。
そんな空気が本人にも伝わったのだろう。彼のプライドはズタズタであった。
海軍始まって以来の実在だと言われた。親の権力だけで成り上がった奴らには絶対負けないと自負してきた。
だが、何だこのざまは。親が大提督だと言うだけで何の実力もないくせに艦長になれただけの餓鬼に押されているなんて。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ
「嘘だ――――!!!」
完全に冷静さを失った青年は大きく剣を振り上げた。その瞬間勝敗は決まった。
振り下ろされた剣は少年に届く事なく真新しい甲板に大きな傷を付ける。はっとして前を向くと、そこにいたはずの少年の姿がない。
どこにいるのかと顔を動かそうとした時であった。
「っ!!」
ひんやりとした感触を首筋に感じた瞬間、鋭い痛みと共に温かいものがつたうのが分かった。
「勝負あったな」
背後にいる少年の顔は見えないが、その口ぶりから不敵な笑みを浮かべている事は予想がつき、エリオットは悔しげに唇を噛み締めた。
負けたのだと実感した瞬間、急激に頭が冷えていくのが分かった。そして冷静さを取り戻したエリオットは軽く息を吐いて剣を手から離した。
それを目にしたレイルは突き付けていた剣を収めた。相手は負けを認めたのだからこれ以上は無意味だ。
エリオットは艦長の正面に向き直ると肩膝を着いた。
「私の負けでございます。数々のご無礼、いかなる罰をもお受けいたします」
海軍では上下関係が非常に厳しい。階級が下の者が上の者に歯向かうなど言語道断。それを分かっていながらそれをしたのはエリオットの矜持だ。
この海に放り込まれても仕方がないと覚悟を決めたエリオットだったが、彼を慕っている海兵達は違った。
エリオットに習うように礼をして彼の罪を詫びる。
「どうかお願いにございます」
「エリオットの罪、我々も背負います」
一人、また一人と膝を着いていく姿を見ながらレイルは表情に出さなくとも内心では驚いていた。こんなにも海兵に慕われる者は珍しい、これは一種の才能である。
――この男・・・使えるな。
クスリと笑んだだけで何も言わずに船内へ戻っていくレイルに焦ったのはエリオットである。
「まだ私は罰を受けていません!」
「罰・・・?何の事だ」
その答えに戸惑う青年を眺めて少年は言った。
「俺は余興だと言ったはずだ。お前はその相手をしたまでの事」
しかし、とまだ言い募ろうとする青年を手を振って止め、では、と切り出す。
「お前の壊した甲板を直しておけ。それと、その首の傷・・・手当てしておけ」
罰とは言えないそれに一同があっけにとられていると、レイルはさっさと船内へ戻ってしまった。
そこへ突然、その場に相応しくない笑い声が聞こえてきた。
「ユーシス様・・・?」
「ごめんごめん、あんまりおもしろかったものだからね」
笑いが混じりながら言って、皆に立つように促す。
「あの・・・ユーシス様・・・私への罰は・・・」
「レイルの言った通りだよ。甲板と君の傷の手当て、それだけさ」
「しかし・・・」
納得のいかない口ぶりに君も真面目だね、と茶化しながらその肩を宥める様に2回叩いた。
「素直じゃないからね、新米艦長は。君に怪我をさせた事を悔やんでいるんだよ」
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