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「で、一体どこへ向かうつもりなんだい?」
レイル達を乗せたリズホーク艦は無事出航し、うまく風にのったおかげで短時間で随分進むことが出来た。母国、メリクリウス王国はもう見えない。
艦長室で航海士もなしに一人地図を眺める緋色の軍服を纏った少年にユーシスは出来るだけ明るく問い掛けた。
「・・・とりあえず奴らの行きそうな場所の目星はついた。そこへ向かう」
事も無げに言ってのける若い艦長にユーシスは驚きを通り越して呆れた。セシリアがいなくなってからリズホーク出航までわずか3日。海賊騒ぎの収拾、結婚式取り止めの説明、出航準備とそれだけで寝る暇もないくらい忙しかったはずだ。だが、レイルはわずかな情報で海賊を特定して彼らが向かいそうな場所まで割り出したのだ。
「敵わないなぁ・・・」
言った本人でも聞き取れない程の大きさだったので、レイルには聞こえていないようで彼は地図を片手にユーシスに説明する。
「奴らはルキアと言うまだ若い男を頭とした船員20人程度の比較的小さな海賊団だ。人殺しはせず、狙うのも貴族ばかりと言うことで英雄扱いする者もいるらしい」
「僕も噂に聞いた事があるよ、無血の海賊王だってね」
「奴らは多くの島国があるベラミー海を主な拠点にしているようだ」
「じゃぁまずベラミー海に行くわけだ」
「ああ」
レイルはすっと立ち上がってそのまま部屋を出る。
ユーシスはどこへ行くのか聞こうとしたが、思い立って口を噤んだ。今彼が行くところなど決まっている。
足早に進む少年の背中を追いながら、段々と波の音と潮の香りが強くなり、やはりと青年は思った。
やはりレイルは船外へ、部下の海兵がいる甲板へ向かっているのだ。
急な出航だったのでまだ海兵達と正式な挨拶を交わしてはいない。絶対にやらなければならない事ではないが、部下との連携や命令をする上では欠かせないのだ。
だが、ユーシスとしては出来ればもう少し先延ばしにしたかった。乗船の際に海兵達の顔を見たが、殆どが不満を露にしていた。その不満が艦長であるレイルに向けられている事ぐらい誰でも分かる事だ。
時間が経てばその不満が解消されるなどとは思っていないが、航海をするうちにレイルがなるべくして艦長になったのだと言う事は分かるはずだ。だが、まだ出航して1日も経ってはいない。しかも海兵の殆どは海軍学校を卒業したばかりの新米と聞く。これが意味する重大さをユーシスは誰よりも分かっていた。
船外へ出ると強い日差しを直に受け、レイルは僅かに目を細めた。
レイル達の姿を目に留めた海兵の一人が談笑していた他の海兵達を肘で突くと、怪訝そうな顔をしたが年少の上司の姿を見るとすっと顔を引き締めた。
それは波紋のように広がり、水打ったように辺りは静まった。聞こえるのは打ち付ける波の音だけだ。
これに驚いたのはユーシスであった。無視される事も考えていたと言うのにこれは一体どうしたと言うのだ。
そんな疑問が頭を過ぎったが、すぐに打ち消した。新人と言っても彼らだって立派な海軍の一員なのだ。私情を挟むような真似はしないのだろう。
いらぬ心配だったかとユーシスがクスクスと笑うのをレイルは訝しげに見たが、海兵達が自分達の周りに集まってきたのを見て姿勢を正した。
「まずは紹介が遅くなった。私はこのリズホーク艦艦長、レイル・ディル・レオンハルトだ。隣にいるのが副艦長のユーシス・シェル・グレンドール。今回の航海の目的は同盟国を脅かしている海賊の殲滅だ。その先駆けとしてまずベラミー海へ船を進める事になった」
隣で静かに見守っていたユーシスはほっと胸をなでおろした。どうやらうまくいきそうである。だが、次の瞬間それは間違いだった事に気付かされる事となる。
「最後に、何か言いたい事がある者は言え。質問から不満、何でもいい」
ぎょっとして見ると、珍しくレイルは楽しげな表情を覗かせていた。
―― 一体何を考えているんだいレイル?
驚いたのは何もユーシスだけではない。その場にいた海兵全員が困惑しているようだったが、たった一人不敵に笑う者がいた。
「では僭越ながら申し上げたい事がございます」
それは20歳前後の青年であった。青みが強いショートの黒髪に同色の瞳。誠実そうな顔が印象的である。
青年は静かにレイルの前まで来るとその場で肩膝をついて左手を自身の胸の紋章――海軍を表す竜の紋様に添える。下の者が上の者に対して行う海軍の正式な挨拶である。
「私はエリオット・レンディと申します」
その名にユーシスは聞き覚えがあった。今年、海軍学校を首席で卒業して将来が有望されるが、家が貧しいのでそこまでの出世は出来ないだろうと言う話を聞いた事があった。
その青年が自分とは真逆にいる恵まれたレイルに何を言うのかと息を呑む。
「失礼ながら今回の航海の本当の目的は別のところにあるとの噂が飛び交っております。その事に関してどうお思いでしょうか」
言葉は丁寧すぎるほどだったが、その言葉遣いとは裏腹にそれには強い圧力がかかっていた。
その事にレイルも気付いたのだろう。ますます楽しげに目を細めたかと思うと予想もしなかった事を口にした。
「その噂は事実だ」
その返答には当のエリオットも驚いたらしく、反射的に顔を上げてレイルの整った顔をまじまじと見てしまった。
「確かにこの航海は俺の婚約者を海賊から奪い返すためのものだ」
その言葉にざわめきが起こった。誰もまさか認めるとは思っていなかったのだ。
レイルはさっといつもの無表情に戻ると灰色がかった海と同色の瞳を冷たく光らせた。
「・・・で?それを聞いてどうするつもりだ」
エリオットの顔が歪むのをユーシスは横から見て頭を抱えたい気持ちでいっぱいであった。
この少年はこうだから敵を作ることになるのだ。自分が何を言っても無駄だと分かってはいるが、文句の一つも言いたくなる。
普通ならこれで引き下がるのだが、エリオットは違うようだ。きびきびとした動作で立ち上がるとレイルに向き直った。
「それを聞いては黙っていられません。あなたの私情に振り回されるのは真っ平です」
「そうか。だが、お前達の感情にいちいち付き合っていられるほど俺は暇ではない。この船では俺が艦長だ。嫌でも従ってもらおう」
そして、話は終わったとばかりに立ち去ろうとするレイルの肩をエリオットは反射的に掴んだ。
「私はあなたが艦長だと認めるつもりはありません」
「・・・・・」
無言で足を止め肩越しに顔だけを向ける少年に何とかそれだけ言うと素早く手を離して失礼をわびた。
向きを変えてエリオットを見つめるレイルは再び楽しげに目を細める。
海軍の学校を出たばかりの奴は誰でもそうだ。自分には力がある、我こそはと思っている。しかもこのエリオットと言う男は実力で言えば海軍幹部養成学校にも入れたが家柄が良くないためにそれが叶わなかった。その思いはいっそう強いだろう。
この男が実質上海兵達をまとめているトップだ。この男にさえ認めさせれば随分とやりやすくなるだろう。
レイルは腰に下げた細みの剣をすらりと抜いた。
「お前などに認めてもらわずともいいのだが・・・余興だ。剣を抜け」
目の前の戸惑う男の首筋に剣を当てる。
「お前は剣術に自信があると聞く。それならば親の権力でのし上った男に勝てないわけないだろう」
この挑発には耐えられなかったのかエリオットはレイルを睨むと剣を抜き首筋にあったそれを弾いた。
「一本勝負だ」
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