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「聞いたか?リズホーク艦隊が出航するらしいぞ」
「リズホークって言うと、あの最年少艦長って言う・・・?」
「そうだ。だが、出航の理由がどうも怪しいらしいんだ」
言って男は友人に近くに寄れと合図を送る。二人とも海軍なのだ。しかも話は自分達よりも遥かに上の幹部。あまり声を大にしては言えない。
相手の男は何か不味い話なのかと周りに誰もいない事を確認して顔を近付ける。
「表向きは同盟国の要請を受けて海賊殲滅に行くらしいが、実は艦長の攫われた花嫁を助けるためだと言う話だ」
予想だにしなかった事を聞かされ、男は目を見開いた。
大提督の一人息子でリズホーク艦隊新艦長のレイルが副大提督の一人娘と結婚すると言う話は有名だ。だが、その花嫁が攫われたと言うのはどういう事か。
「海岸に海賊船が現われたのは知ってるだろ?あいつらに攫われたらしい」
「そりゃぁ気の毒に・・」
友人の思ってもみない反応に男は眉を上げた。思わずそうじゃないだろ、と声を荒げる。
「レイル様が艦長になったのも父親が大提督だからだって話だ。その上花嫁を海賊に攫われるなんて海軍としてどうなんだ。俺はそんなの願い下げだな」
「おい、言いすぎだぞ」
興奮する目の前の男の肩を宥める様に叩くが、男はその手を振り払う。
「本当の事だ。皆言ってる、あんな艦長は認めないと」
「こんな所にいたのか。出航はもう明日だよ、準備しなくていいのかい」
目の前に広がるのは見慣れた青い海とその中に浮かぶ一際美しい一隻の戦艦、リズホーク艦である。
出航の準備のために海兵達が様々な物を運び入れたり、大砲を調整したりしているのを見ると、いよいよなのだと言う気がしてくる。
しかし、隣に佇む少年はいつもと変わらず涼しい顔をして緊張の面持ちも伺えなかった。
「ねぇレイル・・・こんな噂知ってるかい?」
何の脈絡もなく口を開いたユーシスにレイルは視線だけを向ける。
「君の艦長就任は大提督のおかげ。そしてこの出航も私情が絡んでいるって噂・・・」
「本当の事だろ」
そっけなく言ってユーシスに向き直る。
「俺の年で艦長になるなんて普通じゃぁ考えられないからな。父親の権力が少なからず影響したと考えるのは当然だ」
それに、と続ける。
「今回の出航は確かに私情だからな」
言って自嘲するこの年若い少年がどれだけ苦労をしてここまで辿り着いたか知っているユーシスとしては噂の内容にひどく怒りを覚えたのだが、少年の反応にそんな怒りも消えてしまった。
代わりに脱力感に襲われて、ユーシスにしては珍しく溜息を落とした。
「君はいつもそうだね」
そういう類の噂に慣れていると言う事もあるだろう。彼が海軍のエリート校、海軍幹部養成学校に異例の12歳で入学、14歳で首席卒業した時も人々はあらぬ噂をしてレイルを非難したものだ。
17歳で艦長になるまで3年。彼は他のどんな人よりも努力して実績を上げ、成果を残してきた。それは彼の実力であり、父のおかげではない。
その事はちょっと考えれば分かる事だが、多くはそれでも彼を非難した。自分達よりも遥かに年下の若造が高い地位にいるのが気に入らないのだろう。
かく言うユーシスもレイルが来るまでは史上最年少で入学し、家柄も王族と関わりの強い大貴族であったために色々な皮肉を言われたが、今はそれがレイルに取って代わっている。
そんな事だからレイルはたかが噂だと気にしていないようだが、ユーシスは心配であった。
ただでさえ部下と仲良くなれるような質ではないレイル。リズホーク副艦長として自分が何とかするしかないだろう。
今までは大提督の手前、気に入らなくてもレイルに従っていたが、海の上ではそうもいかなくなる。重要なチームワークが欠けていて、海賊に勝てるかどうかも怪しいものだ。
――嫌な予感がする。
その予感が現実のものとなるのはそう遠くはなかった。
出航は明日に迫っていた。
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