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 「レン・・・」

 部屋の中央には小さな山があった。その山は波打ち、部屋には引きつったような喘ぎ声が木霊している。
 セシリアの話からひどい発作が出ただろうとある程度予測はしていたが。

 「まずいな・・・」

 まず腕に抱いていたセシリアを降ろしてからゆっくりとレンに近付く。レンは目を閉じて苦しそうに呼吸を繰り返すだけでルキアの存在には気付いていないようだ。

 「レン」

 背中に手を置く。

 「レン」

 軽く揺さぶる。

 「レン!!」

 体を持ち上げてこちらに向かせた。元々肉など付いていない体、軽いものだ。

 小さな少年はやっと目を開いてこちらを見た。大きな瞳の中に自分の姿が映るのが分かる。見たところ嘔吐は収まったようだが、呼吸困難になっている。それもかなりひどいものだ。

 ルキアが冷静にレンの様子を伺っていると、背後から誰かにひっぱられる感じがした。

 「レン君、大丈夫なの?お医者さんとかいらないの?」

 少し落ち着きを取り戻したセシリアだった。しかし相変わらずその目には涙が溢れている。

 「大丈夫だ、医者はいらない。こいつのは精神的なものだからな」
 「精神的・・」

 どういう事かと見つめられるが今は答えている暇はない。精神的なものとは言っても命に関わるのだから。


 ルキアはレンに視線を戻すと彼の体を強く抱きしめた。何があったかは分からないが、まずは落ち着かせる必要があった。発作はこれが初めてではない。だから甘く見ていたのだ。いつものようにやれば大丈夫だろうと。


 「・・かあ・・さ・・・と・・・さ・・っ・・」
 「大丈夫だレン。お前はここにいていいんだ、大丈夫」
 「で、もっ・・・かあさ、んが・・・っ!!」

 ヒューヒューとなる喉から必至に母親の事を訴えかける様子に、ルキアも顔を引きつらせる。

 「お前のせいじゃない。あれはお前のせいじゃないんだ」

 それが不味かったようだ。あの時の事など決して思い出させてはいけなかったのに。
 ルキアの言葉にレンは体を硬くさせると目を見開いた。口は動いているが音になっていない。


 異変にいち早く気付いたのは見守っていたセシリアであった。パクパクと開く口と、どんどん青ざめていく顔。

 「レン君、息してない!!」
 「!?」

 体を離して手を口に翳して見ても息吹を感じ取れない。予想外の自体に慌てたのはルキアだった。レンをセシリアに預けると勢いよく立ち上がる。

 「仲間の中に医学をかじってる奴がいる。呼んでくるから待ってろ!」

 そう言って部屋を駆け出していくと残されたのは苦しげな少年と震える少女。セシリアは相変わらずどうしていいのか分からなかったが、自分に助けを求めるように伸ばされた少年の細い腕を見て咄嗟にルキアがしたように少年を抱き締めた。女の自分でもすっぽりと包み込めるほど小さい少年の体にまた目頭が熱くなっていく。

 「ごめんねレン君・・・ごめんねっ・・・」

 ただひたすら謝罪の言葉を連呼しながらきつく抱き締める。こんな事しか出来ない自分の無力さを痛感した。







 どのくらいそうしていただろか。硬くなっていた体は徐々にその機能を取り戻し、見開いたままの瞳は少しずつ閉じられていく。

 「かあさん・・・」

 そのまま大きく長い息を吐き出すと、少年はそのままぐったりとセシリアに体重をかけてきた。

 「レン君!?」

 まさか、と思ったが、その予想はいい形で裏切られる事となる。

 「・・・?・・寝てる・・・」

 嘔吐と過呼吸で体力を消耗したせいだろうか。それにしても紛らわしい。セシリアも緊張が解けたせいか一気に体の力が抜けてそのまま背後にあったベッドに背中を預けた。下を見るとレンの見たこともない穏やかな寝顔がある。こんな少年らしい顔も出来るのだ。


 穏やかな雰囲気が流れる中、バタバタと言う複数の足音が近付いて来るのを感じた。

 「レンは大丈夫か!?」

 話を聞いただろう大勢の海賊達が息を切らせながら部屋に入って来る。その表情から心底心配している事が伝わってセシリアは嬉しくなった。孤独だと思っていた少年にはこんなにも仲間がいたのだ。

 「レン!医者を・・・あ?」

 セシリアの胸の中ですやすやと眠るレンを見てルキアは呆気にとられた。それは他の海賊達も同じのようで皆我が目を疑っている。


 「あのレンがルキア以外の奴に・・・」
 「ありえねえ」

 口々にのぼる驚きの台詞は段々とセシリアを称えるものとなっていった。

 「すげぇじゃん、あんた」
 「やるねぇ」

 そしてレンが無事なのを見て満足したのかケラケラと笑いながら帰ってしまった。その様子に目を白黒とさせていたセシリアにただ一人部屋に残ったルキアは大げさにため息を吐いてみせると軽く微笑んで二人に歩みを進めた。

 「ったくこのガキは心配させやがって」

 怒ったように顔を顰めてみせても声の調子は明るく、同時に深い安堵を表していた。そして、ひとしきりレンの髪をくしゃくしゃっと撫でた後で目線を少し上げてセシリアを見た。

 「どうやらオレの賭けが成功したみたいだな・・・」
 「え?」

 それは独り言のように小さいものでセシリアは、問い返した。しかしルキアは苦笑しつつ軽く首を横に振ってからセシリアの横に腰を下ろす。

 「話してやるよ、レンの事。あんただって気になってんだろ?」
 「え?でも・・・」

 確かに気にはなった。しかし、本人の承諾無しで詮索するような事をしていいものか。

 「あんただから話すんだ、こいつだって納得するはずだ。ただし聞いてから後悔すんなよ、ちょっとばかり悲惨なもんだからな・・・こいつの過去はさ・・」

 ルキアの真摯な眼差しに、セシリアはコクリと喉をならす。ルキアはそっと息を吐いてから彼女に向き直った。






 「レンはな、自分の母親を食ったんだよ」











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