7
部屋に着くと、レンはすでに粉々になったブローチの前にいた。そして無残な姿になったそれを目にし、崩れ落ちるようにしてその場に膝をつく。
肩を震わせる様子を後ろで見、やはりこのブローチが彼にとってとても大切な物だったのだと知り、込み上げて来る深い罪悪感と後悔。先程口走っていたように、少年の母親に関係しているのだろうか。
いくら謝っても謝りきれない程の事をしてしまったようだが、それでも今の彼女に出来る事はただ謝る事くらいだった。
「本当にごめんなさい・・・」
「・・・・・」
「・・・?・・レン君?」
全てを拒絶するような細く頼りない背中は相変わらず小刻みに震えており、彼女の言葉など聞こえていないようである。
今はそっとしておくべきなのかもしれない。私が何か言ったところで全て逆効果になるだろう。
そう思い、部屋を出て行こうと足を踏み出した瞬間に背後からドンと言う鈍い音がした。
何事かと振り向いた先には両手を床に付き、四つん這いになっているレンがいた。嗚咽に混じって激しく咳き込むそのただならぬ様子に外に向いていた足は無意識に内側に向き、少年駆け寄っていた。
「どうしたの!?大丈夫!?」
同じように膝を付いて背中をさする手をレンは振り払おうとするのだが、その腕は弱弱しくてとてもセシリアを止める力など無かった。それどころか体を動かしたせいか、咳き込みはますます酷くなり血でも吐きそうな勢いだ。
「やだ、ちょっと・・どうしたの!?」
「げはっごほごほ・・・っ・・!!」
しばらく咳き込んだと思ったら今度は右手で口元を押さえた。その顔色は白を通り越して青白いと言う表現がピッタリでますますセシリアを不安にさせた。
レンは何かに耐えるように眉を顰めたかと思うとすぐに堪え切れない、と言ったように手を放して胃の中の物を吐き出し始めた。
セシリアは一瞬手を引っ込めそうになったが、思い直して苦しそうに吐き続ける背中をさすり続けた。こうすると楽になると昔聞いた事があったのだ。だが、レンの様子は一向に良くならない。それどころかもう吐き出す物は無いと言うのにまだ苦しそうに咳き込んでいる。
終わりの見えない嘔吐と喘ぎにどうする事も出来ず、セシリアは自分の不甲斐無さに涙が出て来た。
そうしている内にレンの体が突然ビクンと大きく跳ねた。
涙に濡れた目で少年を見、少女は一瞬息が止まった。少年はうつ伏せに倒れこんで目を見開いていた。その細い体は痙攣を起こしており、息も途切れ途切れだ。
「か・・・はっ・・・っ・・」
目の前の異質な光景に少女は反射的に手を引っ込めた。
自分にはもうどうする事も出来ない。誰か助けを呼ばなければこの少年は死んでしまう。その誰かは少女の中では一人しか思いつかなかった。
「待っててね!今ルキア連れて来るから!」
震える足に鞭打って立ち上がると少年にそう呼びかけて少女は死に物狂いで走った。目指すは赤眼の海賊王のいる船長室だ。
必死の形相で懸命に走る新入りに海賊達は皆何事かと思ったが誰も声を掛ける事は無かった。いや、掛けなかったと言うには語弊がある。声を掛ける前に少女が走り去ってしまったのだから。
一方。少女はそんな海賊達など目に入らないくらいであった。考える事は苦しそうに喘ぐレンの事ばかり。心は急くのに体が、足が前へ行ってくれないもどかしさ。
しかし、運動し慣れていないせいか足が縺れて大きく転倒してしまい、体が激しく地面に叩き付けられセシリアは呻いた。立とうとしても転んだ時に足を捻ったらしく、力を加えるだけで激痛が走る。立つ事も出来そうにない。
「もう・・・」
痛みと悔しさとで流れ出た涙が頬を伝い、ポタリと落ちた瞬間、
「何やってんだ?」
それは今最も聞きたかった声であった。信じられない気持ちで仰ぐとそこには求めていた癖毛の黒髪と鮮やかな紅い瞳があった。
ルキアは言葉も無くただ涙を流し続ける少女を訝しげに眺めた後で腰を屈めて視線を合わせた。
「どうしたんだ?転んだのか?」
見ると、むき出しになった足から血が滲み出ていた。少女は痛くて泣いているのかと思ったのだ。
気遣わしげな視線を送るルキアにセシリアは、はっとしたように首を振って咄嗟に彼の服を掴んだ。
「おい?」
「レン君!レン君・・・レン君がぁ!!」
レンの名前をひたすら叫び続ける少女にルキアは困惑したが、思い当たる節があった。
「落ち着けって。・・レンは吐いたんだな?」
セシリアは壊れた人形のように首を縦に振り続ける。
「やっぱな・・・発作は出たのか?」
吐いただけならまだいい。だが発作まで出たとなると少々厄介だ。
「っ・・痙攣して・・呼吸がおかしかった!!」
その答えにルキアは舌打ちした。
事は一刻を争う。
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