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美しかったブローチはガラス片になってもなお輝き続けていた。
セシリアは足元に無残に散らばる様々なガラスの塊を放心状態で眺めた。ドクドクと、自分の心臓の音がやけに大きく聞こえ、足がガクガクと震えているのが分かる。
たかが安物のブローチではないか。
そう思うも、自分がとんでもない事をしてしまった気がしてならないのはなぜだろうか。レンはこのブローチをとても大切にしているだろうと漠然と感じたせいか。
無数のガラス片は修復不可能であろう。すぐに、持ち主であるレンに謝らなくてはならないことは十分理解しているが体が、足が動かない。いや、動こうとしないと言う方が正しい。
レンとの関係がこのブローチのように粉々に、取り返しのつかない事になるのは必至だ。
諦めと絶望が今のセシリアの全てだった。
もちろんルキアの出した条件の事もある。しかし、それ以上にレンをこれ以上苦しめるだろう事が辛い。ただでさえ何か深い闇を抱えている小さな少年をもう悲しませたくなどないと言うのに。
闇夜。
一面の黒に包まれ、そのまま自分も溶け出して闇と同化するような錯覚に陥る。
なかなか寝付けずにあお向けになって満点の星空をぼんやりと眺めていたレンであったが、バタバタと慌ただしく聞こえてくる足音を耳にして体を起こした。
仲間の海賊にしては足音が軽い事に気付き首を傾ける。一体こんな夜に誰だと言うのだ。
月明かりだけがこの闇を照らしてくれる唯一の光であったのに、闇に慣れたレンの目に飛び込んで来たのはゆらゆらと揺れる火だった。
「・・・あ・・?」
ゆっくりとその炎を揺らしながら近付いて来ると、それがランプの灯りである事に気付いた。そしてそのランプの先にいた人物にも。
「・・レン・・君・・・」
互いの顔がようやく確認出来る所まで近付くと、セシリアは戸惑いがちに歩みを止めた。その表情と様子から彼女がひどく落ち込んでいる事が伺い知られ、レンは部屋での自分の態度を思い出した。
あれは八つ当たりだ。それは十分に分かっている。この女はただの世間知らず。それも分かっているつもりだ。だが、それが余計に自分をひどくイラつかせる。それを止める術は高々12,3歳の少年には無かった。
「・・・んだよ」
無視してやろうとも思ったが、一向に立ち去る気配を見せないセシリアに不本意ながらこちらから声をかけてやった。いつもの自分では考えられない事だ。この潮風に頭が冷やされたせいかもしれないとレンは自嘲気味に笑った。
どうやって話を切り出したらいいか困惑していたセシリアは少年の方から話しかけて来た事にますます困惑した。しかし、いつまでもこうして突っ立っている訳にもいかず、自分の持ちうる最大限の勇気を振り絞って口を開いた。
「実は・・・」
説明している内に目の前の少年の顔の変化が見て取れた。無表情から驚きへ、そして最後には完全に目を見開いて固まってしまった。
すぐに罵声が飛んで来るだろうと予想していたので、レンのこの反応は意外であった。セシリアはその様子に心配になってレンに近付き腰を落とす。
「あの・・・大丈夫・・?」
「・・・あ・・さん」
「え?」
「かあさん!!」
突然叫んだかと思うと次の瞬間には立ち上がって駆け出していた。おそらく自分の部屋に行くのだろう。
セシリアも慌てて立ち上がり、レンの後に続いた。
前を走るレンは途中何度もよろめきながらも必死に走っていた。かあさん、とまるで何かに取り付かれたように叫びながら。
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