怒り


 憎しみ


 蔑み




 この世の全ての負の感情を表したような不機嫌極まりない顔で目の前にいるのは、他でもないレンだ。

 こちらを見ようともせず黙々と食事をする姿はセシリアの存在など無視しているようだ。
 セシリアも何も言わずに緊張のために味もよく分からないスープを胃に流し込む作業を続けている。

 「・・・・・・」
 「・・・・・・」

 本来なら楽しいはずの食事なのだが、この二人の間に笑顔は無い。遠くから微かに聞こえる笑い声がそれに拍車をかけていた。

 そもそもなぜ二人っきりで食事をしているのかと言うと、この船の船長ルキアの命令だからだ。
 普段は全員で一緒に大部屋で食べるらしいのだが、なぜかセシリアとレンだけはレンの部屋で二人で食べるように言われた。
 レンもセシリアも大いに反対したのだが、そこはお頭の命令だ。

 その時の事を思い出し、セシリアは食事の手を止めて軽く眉間に皺を寄せる。

 あの男の考えている事がまるで分からない。突然レンと二人で食事だなんて気まずくなるに決まっているではないか。
 これからはいつもこんな風に食事をする事になるのかと思うと胃がキリリと痛む。

 手にしたスプーンを置いて水を飲もうとした時だった。


 ガチャン


 金属と金属がぶつかり合うあの独特な音が部屋中に木霊した。

 驚いて前を見ると、レンが乱暴にスプーンを皿の上に投げた後だった。
 そのまま無言で席を立つレンにセシリアは咄嗟に声をかける。

 「もう食べないの?まだこんなに残ってるのに・・・」

 見れば、スープは半分以上残っているし、パンにもほとんど手をつけていない。とても育ち盛りの少年の成長を補っているとは思えなかった。
 事実、少年の服から伸びた手足は、思わず顔を背けてしまうほど細かったし、年にしては体が小さい気がする。

 しかし、少年はチラリと残ったままの食事を見ただけでそのまま部屋を出て行こうとした。

 「ちょっと・・・勿体無いでしょ!?」

 セシリアはいつもソフィアから言われていた言葉を咄嗟に言っただけだった。
 だが、セシリアにとっては何気ない一言でもレンにとっては違ったようで。

 「勿体無いだと!!?貴族のお前がオレにそれを言うのか!!」


 初めてだった。これほど人から怒りを、憎しみをぶつけられたのは。

 レンには前にも怒鳴られたりしたが、その時は小さな子供のわがままのようであまり本気に取っていなかったが、今は違う。


 レンは本気で自分を憎んでいる。




 ――いや、違うわね。

 レンが憎んでいるのは私個人ではない。"貴族"と言う存在だ。私を通して貴族を見ているのだ。


 一体何を苦しんでいるの。あなたは何に囚われているの。


 激情を抑えるように荒く肩で息をする少年の気持ちを、今初めて心の底から知りたいと願った。

 レンが私を通して貴族を見ているように、私もレンを通してレイルを見ているのかもしれない。
 何かに囚われ、苦しんで自分に当たってくる少年の姿はひどくあの日のレイルに酷似していた。


 フラフラと扉に凭れ掛かるようにして息を整える少年は今にも倒れてしまいそうで。

 しかし、大丈夫かと伸ばされた手は冷たく振り払われた。

 「オレに触るな!!」

 そしてそのまま足取りも覚束ないまま部屋を出て行ってしまった。
 あんな状態で本当に大丈夫かと心配になったが、今はそっとしておいた方がいいだろう。


 セシリアはしばらくの間、神妙な面持ちで少年が出て行った扉を見詰めていた。











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