「・・・どういうおつもりですか」

 船長室から出たルキアを待っていたのは腕組みをしたアフツァルであった。

 ルキアは足を止め、前を向いたままそっけなく言う。

 「何のことだ?」

 思いがけない答えを返され、アフツァルは言葉に詰まった。
 まさか先ほどの室内での会話を盗み聞きしていたなどとは言えず押し黙っていると、ルキアは小さく笑った。

 「ほんっとお前は分かりやすいな・・・レンの事だろ?」
 「・・はい」

 頷いて、再び歩き始めたルキアに続く。

 「レンとあの娘を同じ部屋にするなど・・・正気の沙汰とは思えません」
 「おいおい、酷い言われようだなぁ」

 苦笑しつつ、ルキアはゆっくりと振り返るとアフツァルに向き直った。

 「あの娘にしても、どういうおつもりなのか理解できかねます」
 「あいつの事そんなに嫌いか?」

 アフツァルは顔をしかめた。

 「そう言う事では御座いません。あの娘の真意は定かではありませんし、ただの貴族の娘とも思えません。王に害となるやも」
 「害?そいつぁ願ってもないな」
 「王!」

 思わず、と言うように珍しく声を荒げた男を興味深そうに眺めながら口の端を大きく持ち上げる。

 にやり、という表現がピッタリな笑みを見てアフツァルは自分がまたからかわれたのだと気付いた。

 ルキアはひとしきり笑った後、居心地悪そうに顔を背けるアフツァルに外に出ようと促した。










 船内から出て、潮風を感じながらルキアは自分がいつも座っている、海が一望できる特等席に歩みを進める。
 大して疲れてもいないのに、大げさに息を吐き出しながら腰を下ろして後ろに控えているだろう男に向かって口を開いた。

 「思い出すんだよな・・・レンを見ていると」

 何を、とは言わないしアフツァルも聞きはしない。

 目を閉じて、静かに波の音を聞く姿を見ながら、アフツァルは少し不安になった。
 今までこんなルキアを見たことはない。過去を思い出しているのだろうか。あの地獄のような過去を。



 ――地獄・・・・か。



 アフツァルは人知れず自嘲した。
 ルキアに地獄を見せたのは他ならぬ自分ではないか。




 「アフツァル」
 「!・・はい」

 意識を急に引き戻されて、アフツァルは少し慌てたように返事をした。
 しかし、ルキアは相変わらず海を眺めながら目を閉じている。

 呼んだきり何も言わないのを不審に思い、定位置である斜め後ろから足を踏み出し、ルキアの横へ行く。
 それを待っていたかのように少年は目を開けた。その血のように真っ赤に染まった目を。


 アフツァルは今でもその目を見るとゾクリとすることがある。その瞳に自分の犯した罪を見る。
 少年はその目をアフツァルに向ける。それには深い決意が見て取れた。

 「オレはもう駄目だが、レンはまだ間に合う。オレはその役目をセシリアに賭けてみようと思ってる」

 そして、心底楽しそうに笑った。

 「なんたってあいつは、オレに唯一向かってきた女だから」












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