「可愛いじゃん」

 メリクリウス王国から遠く離れた海の上。
 海軍が追ってくる気配も無く、海賊達は思い思いに時を過ごしていた。

 セシリアはと言うと、ルキアに呼ばれて船長室らしき大きな部屋に来ていた。

 始めに着ていた豪勢なドレスはルキアから借りた男物の服に取って代わっている。

 慣れない服を着ていることに加えて、先ほどからのルキアの視線にセシリアは目を伏せる。
 そんなセシリアの様子はルキアには目新しく、同時に微笑ましく映る。

 「そんなに照れなくてもいいだろ。一応誉めてんだぜ」

 その言葉にセシリアは完全に顔を伏せたので、その顔が真っ赤に染まっている事はルキアには見えなかったが、容易に想像がついた。
 クスリと笑う声が届き、セシリアはますます頬を染める。

 からかわれているのだと思う。
 それに強く怒りを感じるのだが、同時に戸惑いも覚える。
 この少年は今まで会ったどんな男とも違う。それゆえ、どう接したらいいのか分からなくなるのだ。

 ぼんやりと、握り締めた自分の両手を見ながら考えていると、ゴホンと咳払いが聞こえた。

 「冗談はこれくらいにして、今から真面目な話する。顔上げろ」

 冗談なのかよ。
 思わず口に出して言いそうになって、慌てて顔を上げる。

 「・・真面目な話?」

 ルキアはああ、と頷く。

 「あんたにとって、とても重要な事だ」

 こくりと喉がなる。・・・一体何だというのだ?


 緊張するセシリアの前にルキアは体を乗り出した。
 そして一言。




 「あんたの寝床が無い」




 その言葉を理解するのに数秒を要した。

 「寝床・・・?」
 「そ。この船小さいから、空き部屋とかもうねぇんだよね。男と同じ部屋で寝てもいいんなら何とかあるんだけど――」
 「嫌。無理」
 「・・・だからどうするって聞いてんだよ」
 「?」

 どうするとはどう言う意味なのか。

 訳がわからないと言うように眉を寄せるセシリアに悪戯っぽく微笑む。
 「残る部屋はオレのこの部屋だけなんだよね」

 セシリアは目を見開いた。

 「この部屋でかいし、あんた一人寝るくらい余裕だし」

 顔が赤みより青みの方が強くなる。嫌な汗が背中をつたった気がする。


 ルキアは始め真剣な顔でセシリアを見ていたが、すぐに堪えられないとばかりに大きく噴出した。

 少女は突然笑い出した少年を呆然と眺めていたが、徐々に冷静さが戻ってきて、またからかわれたことに気付く。
 今度は怒りで顔が赤くなるのを感じるが、そんな事を気にしていられない。もう我慢がならなかった。

 文句の一つでも言ってやろうと席を立ったところで、ルキアがまぁ待て、と軽く左手を掲げる。

 「あんたの部屋が無い事は事実なんだ。だけど、実はもうどこで寝てもらうかは決めてる」

 思ってもみなかった言葉にセシリアは突っ立ってしまった。勢い良く立ったせいで椅子が倒れる。

 しかし、ルキアの次の言葉にセシリアはもっと驚く事となる。

 「レンだよ。あんたに突っかかってきたガキいたろ。あいつの部屋で一緒に寝ろよ。レンならあんたも安心だろ?」

 良かったなと言う少年の意図が分からない。あの少年、レンはひどく自分を嫌っているし追い出してやると言う宣戦布告までされた。そんな少年と一緒の部屋で寝ろなんて、とても正気とは思えない。

 そう言うと、ルキアはお得意の不適な笑みを顔にのせて、しれっと言ってみせた。

 「だからだよ。表立ってあんたを認めてないのはレンだが、心の中では皆同じ事を思っているはずだ。仲間だと認めて欲しいならまずレンを認めさせてみせろ」
 「何でそんなこと・・・」
 「あんたが思ってるほど海賊は甘かねぇって事だよ。それに、ここにいるんなら何か働いてもらわないとな。自分に何が出来るかも考えとけよ」

 言って、席を立って部屋を出て行くルキアに何か言い返そうとは思うのだが、言葉が出なかった。


 ルキアの言ったことは尤もだと思ったからだ。


 ルキアの姿が完全に見えなくなったのを確認してから、一つため息をつく。

 初めてここに来た事を後悔する自分がいた。











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