12






 窓から差し込んだ朝日が目を瞑っていても眩しく感じ、レンは眠りから覚めた。

 「ん・・・?」

 ぼんやりとする頭を覚醒を促すように軽く振っているところにふいに声が掛けられる。

 「あ、レン君起きた?おはよう。朝食は食べられる?」

 ぼやける目を擦りながら声がした方に顔を向け、レンはフリーズした。

 セシリアの腰ほどまであったはずの髪が肩ほどにまで切られている。驚愕に見開いた目を下げていくと、その両手が傷だらけである事に気付く。

 訳が分からずに返事が出来ないでいると、セシリアは何を思ったのか悲しげに微笑んで、
 「じゃぁ私朝食取ってくるね」
 言って部屋を飛び出して行ってしまった。


 「何なんだ一体・・・」
 「お前なら分かってるはずだ」

 無意識に出た言葉に返事があった事に驚いてそちらを見ると、扉に凭れ掛かるようにしてルキアが立っていた。

 「見ろよ、あれ。机の上にあんだろ?」

 指差す方には歪な形のガラスの塊とガラス片がいくつかある。しかもそれには所々血が付いていた。
 ルキアはそれを手に取っておもしろそうに繁々と眺めた。

 「ここまでやりゃぁ上出来だな。怪我までして・・・馬鹿な奴」
 「・・・・・・」
 「お前、まだこれ持ってるつもりなのか?」

 すっと前に突き出されてレンは戸惑う。いつもはこれを見ていると両親、特に母親の事を思い出して苦しくなるのだが、今は不思議と気分が良い。代わりにセシリアの顔がちらついてレンをますます困惑させる。

 難しい顔をするレンに苦笑しつつ、持っていたペンダントを彼に渡す。

 「これをどうするかはお前の自由だ。だが、オレはもう必要ないと思ってる。お前もいつまでも過去に囚われないで、自分のために生きろよ」

 そして用事は済んだとばかりに部屋を出ようとしたが、あるものを見つけてその足を止めた。
 床に落ちていた一筋の銀。それが彼女の長かった髪だと気付いて腰を下ろす。

 「髪、綺麗だったのにな・・・」

 一言そう漏らすと、ルキアはそれを手に取って部屋を後にした。







 反射的にペンダントを受け取ったレンは手の中にすっぽりと収まるそれを見詰めながら先程のルキアの言葉を反芻していた。

 “過去に囚われずに自分のために生きろ”

 それが出来たらどんなにいいか。だが、そんな資格など自分に有りはしないのだ。

 母を犠牲にして掴んだ生だが、レンはそれを持て余していた。あれ以来、物を満足に食べる事が出来なくなり、悪夢を見るのが怖くて眠れぬ夜を過ごしてきた。何度も死ぬ事を考えたが、そんな勇気も無くこうして今もだらだらと生き長らえている。


 ――これは償いなのだ。


 ずっとそう思ってきたが、今初めてそれは違うのではないかと思った。母は自分が生きる事を望んで死んだ。それならば精一杯生きなくては母に失礼ではないのか。ただ生きているだけの今の状況を母は望んでなどいないだろう。

 今までは罪の意識に苛まれて考えようとしなかったが、それを変えさせたのは間違いなくセシリアの存在があったからだ。
 抱きしめられた時、なぜか母のぬくもりを、まだ父もいて幸せに暮らしていた頃を思い出してしまった。

 母は生前いつも言っていた。自分の思うように幸せに生きて欲しいと。そして久しぶりに悪夢を見ずに内容は覚えていないが、幸福な夢を見られた気がする。




 ――生きて




 ふとペンダントから母の声が聞こえたような気がした。そう望んでいたから聞こえた空耳だったであろうが、そのおかげでレンは決心がついた。


 これまでにないくらい軽い体を起こしてベッドから出て朝日が差し込む窓辺へと歩みを進める。
 窓を開けると嗅ぎ慣れた潮の香りが鼻孔をくすぐる。大きく深呼吸をしながら伸びをして改めてペンダントを見る。

 「オレは生きるよ・・・母さん」

 返事をするかのように一瞬光ったそれを確かめるようにもう一度見てから、海に向かって力いっぱい投げた。


 それは大きく弧を描いて海に落ちる。

 あんなものが無くても父や母がいなくなるわけではない。二人はいつまでもレンの中で生き続けているのだから。

 晴れ晴れとした気持ちで窓を閉め、セシリアが戻ってくるのを待つ。


 ――おはようって言ってみようか。


 あいつは驚くだろうが、きっとすぐに満面の笑みを見せるだろう。

 そんな事を考えながらレンは小さく笑った。











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