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「・・誰・・?」
開かれたドアの先にいたのは貴族の正装をした男だった。
年は20代半ばくらいであろうか。長身に腰まで届く長い黒髪が人目を引く。
初めて見る顔ではあったが、きっと招待した貴族だろうとセシリアは思った。
「あの・・」
「王」
声をかけようとするセシリアの前を通り過ぎ、男は少年に歩みを進める。
「まだこのような所にいらっしゃったのですか。皆あなたの帰りを待っております」
「先に行けって言ったのに、お前わざわざ戻ってきたわけ?・・海軍はいなかったのか?」
「この建物の中にはもういないかと。しかし、聡い者ならここだと分かりましょう。・・お急ぎください」
「分かってるからそんな急かすなって。オレも色々あったんだよ」
「・・色々ですか・・」
男は一旦話を打ち切って、セシリアを一瞥した。
今まで蚊帳の外で事の成り行きを半ば呆然と見守っていたセシリアは、ビクリと肩を震わせる。
王と呼ばれた少年はため息を吐きながら窓枠から降りてドアの方へ足を向けた。
「そいつの事は気にするな。急いでるんだろ?ほら、行くぞ」
「・・はい」
男は少し不服そうな顔をしたが、特に追求もせず少年に付き従った。
ドアノブに手をかけようとしたところで、セシリアはやっと気を取り直して声を上げた。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
それに反応して少年が頭を抱えながら振り返った。
「もういい加減にしてくれよ。あんたのわがままに付き合ってるほどこっちは暇じゃねぇの」
「連れて行ってくれないなら自殺するから!!」
少年の"殺しはしない主義"と言う言葉が脳裏に浮かび、咄嗟に出た言葉だった。
「私が死んだら化けて出てやるからねっ!」
本当に死ぬ気なんて無かったけれど、それくらい本気だと言う事を分かって欲しかった。
鬼気迫る表情のセシリアに男は軽く眉を寄せ、少年は――
「あっはははははははは」
盛大に笑い転げていた。どうやら笑い上戸らしい。
まさか笑いが返って来るとは露ほどにも思っていなかったセシリアは、しばし呆けたが、すぐにやはり駄目かと頭を垂れた。
すると、やっと笑いが収まったらしい少年が、落ち込むセシリアとは対照的に明るい声で高らかに宣言した。
「気に入った!今からお前はオレの海賊団の一員だ!」
驚いて顔を上げた先には満面の笑みを浮かべた少年がいた。
セシリアが言われた事を実感出来ずにいると、今まで少年の傍で静かに控えていた男が声を上げた。
「何を申されます!お戯れもいい加減に・・」
「アフツァル」
少年はいつになく厳しい声で隣に居る男――アフツァルを見た。
男はその一言で全てを理解したようで、
「差し出がましい事を申しました」
それだけ言って頭を下げると、また黙り込んでしまった。
少年は軽く頷いてからセシリアの手を取った。
「オレはルキア。あんたは?」
「セ、セシリア」
「そうか。よろしくなセシリア」
再びニコリと笑んでからルキアは手を引いてセシリアを部屋から連れ出した。
「セシリア!!」
レイルはセシリアの控え室の扉を勢いよく開けた。
しかし中に人影はなく、セシリアの付けるはずであったろうベールだけが無言で迎えてくれた。
きっと他の場所にいる。無事でいるはずだ。
だが、なぜかもうセシリアには二度と会えないような気がして、レイルはベールを手に取り、力強く握り締めた。
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