"海賊"


 昔からよく大海原を冒険する海賊に憧れて、いつか自分も海賊に入って世界中を回るんだと思っていたが、今ではそれを凌駕するほど海賊の恐ろしさを知っている。

 「わ、たし・・こ、殺される、の・・・?」

 盗みの現場に入ってきてしまったのだ。それもありえるのではないか。

 恐怖で口が震えてうまく言えなかったが、少年は理解したようで、

 「そんなに怖がんなよ。オレは殺しはしない主義なんだよ」

 と苦笑しながら、安心させるように数歩後ろに下がる。

 セシリアはその言葉に困惑した。殺しをしない海賊なんているのだろうか?
 疑惑がそのまま顔に出ていたようで、少年は途方にくれたように頭をかいた。

 その様子がますます海賊らしくなく幼く見えて、セシリアは少し表情を和らげる。取り合えず殺される心配は無さそうだ。

 緊張を解いたセシリアを見て少年はほっと息を吐いて、手の中の宝石を見た。
 そして次の瞬間、

 「ほら、返すよ」

 こちらに宝石を投げ渡して来た。

 「えっ、あっ」

 手の中に飛び込んで来た宝石はセシリアの目と同じ翡翠色。

 「似合うじゃん」
 「えっ?」

 その宝石の吸い込まれるような美しさに見とれていたセシリアだが、その言葉に驚いて顔を上げた。
 その先には甘やかな笑顔を称えた少年が目を細めてこちらを見詰めている。

 万人に向けられるユーシスの笑顔とは違い、妙に女を意識させるそれに心臓が高鳴る。
 熟れたトマトのように顔を真っ赤にさせるセシリアをクスリと笑った後、少年は本当に残念そうに言った。

 「もうちょっとあんたと話してたかったけど、もう時間だ」

 じゃあな、と軽く手を上げて窓から近くの木に飛び移ろうとする少年をセシリアは反射的に呼び止めた。

 「私も連れて行って!!」
 「は?」

 普通なら言われるはずもない言葉を受けて、少年は目を丸くしている。

 「・・・え?」

 自分でも何でそんな事を言ったのか分からない。ただこの少年をこのまま行かせてはいけないと思った。

 自分で自分の発言に呆然としていると、少年は呆れたように窓枠に座った。

 「あんた言ってる意味分かってんの?オレは海賊だぜ?」

 そう、この少年は海賊なのだ。レイルの最も憎むあいつと同じ海賊・・・

 そこまで考えてセシリアはハッとした。

 この少年に付いていけば、あの海賊を見つけることが出来るのではないか。見つけてどうするのかはまだ分からないが、少なくともここで大人しくレイルと結婚するよりも余程良い事のように思える。

 「あんたが海賊なのは百も承知よ。お願い!私を連れて行って!」
 「だから・・」
 「本気なの!」

 セシリアに詰め寄られ、少年は完全に困惑していた。

 「あんた貴族のお嬢さんだろ?何不自由なく暮らしてんだろ?なのに何で・・・」
 セシリアは言葉に詰まる。確かにその通りだ。
 この少年がどのような人物なのかよく分からない内は本当の事――あの海賊の事は言わない方がいいだろう。

 そうなると、セシリアには少年を納得させるような理由が無い。

 ――どうしよう・・

 焦るセシリアに少年が思わぬ助け舟を出した。

 「・・結婚か?」
 「え?あ、そうなのよ!相手の男がすっごく冷たい男で――・・政略結婚で・・彼は私の事を出世の道具にしか思っていないの・・愛なんてないの・・・」

 少年の言葉に便乗した形であったが、これまでのレイルの態度を思い出してセシリアは本当に涙ぐんできた。

 「おい・・」

 思わぬセシリアの涙に少年が声をかけようとした時、廊下からコツコツと足音が近付いてくるのが聞こえてきた。

 「!!」

 海軍か海賊か。
 二人が息を詰めて見守る中、足音が部屋の前でピタリと止まった。





 そしてゆっくりとドアが開かれる――











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