「おめでとう、と言うべきかな?」

 結婚式会場のレイルの控え室。そのドアに凭れ掛かるようにしてユーシスが立っている。
 レイルはそれを気にもとめず、傍に置いてあった服を手に取った。

 レイルの今日の衣装は正式な海軍軍服であり、それはリズホーク艦隊艦長を示す緋色だ。
 まるで血の色のようだとユーシスは目を細めながらドアから離れ、レイルに近付く。

 「君の事だから、どうせセシリアさんに結婚の事説明してないだろう?」
 「したさ。・・・あなたが副大提督の娘だからと・・・」

 予想外の答えにユーシスは声を荒げる。

 「そんな事言ったのかい!?何でそんなひどいこと・・・」
 「事実を言ったまでだ」

 一見冷たく、何の感情も含まない言葉だが、ユーシスには分かっていた。

 それは嘘だと。

 「君のそういう所、僕は嫌いじゃないよ。・・・でも今のはないんじゃないかな」

 いつもの微笑みを消し、真剣な表情でレイルを見詰める。

 「その言葉でどれほどセシリアさんが傷ついたか分からないわけではないだろう」
 「・・・・」
 「素直に言えばよかったじゃないか。あなたを誰にも取られたくなかったんだって」
 「!!」

 着替えの手をピタリと止め、顔を歪めるレイル。

 ユーシスは知っていたのだ。セシリアに興味を持っている王族がいると言う事を。
 そして、王族が正式に結婚の申し立てをする前に事を進めなければならなかったと言う事も。

 珍しく動揺するレイルに困ったように笑みをみせる。

 「君らしいと言えば君らしいけど、それじゃぁ何も分かってもらえないよ?」
 「俺は!・・・俺は分かってもらおうなどとは思っていない」

 唸るような低い声で殺意すら感じさせる鋭い視線を受け、ユーシスは苦笑する。

 「君がそう言うならそうなんだろう・・・。でもレイル、君がセシリアさんを見詰める目は今まで僕が見たことがない類のものだったよ」

 僕が言いたいのはそれだけさ、と最後にいつもの笑顔を残してユーシスは出て行った。

 「・・・俺はっ・・」

 再び部屋に一人となったレイルは、爪が食い込むほど拳を握り締める。
 そして、言い聞かせるように先ほどの言葉を繰り返す。さながら呪文のように。

 「・・俺は分かってもらおうなどとは思っていない」



 そう――あんな思いをするのは俺だけでいい







 同じ頃、セシリアも結婚式用の衣装に着替えていた。
 普段はおろしたままの美しく長い銀の髪も今は高く結い上げられている。

 綺麗なドレス、煌びやかな宝石、いつもより念入りな化粧――その全てが、これから結婚式が始まると言う事を自分に伝えているようだ。


 結局レイルの復讐を止める手立ても見つからず、こうして結婚の準備をしている自分がとても不甲斐なく感じられて眉を寄せる。
 それを見咎めたソフィアは、

 「セシリア様、花嫁にそのようなお顔、似合いませんわ。ここまで来た以上覚悟を決めてくださいませ」
 と釘をさす。
 「・・・分かってるわ」

 その返事に満足したのか、顔を和ませる。

 「では私はちょっと旦那様のところに行って参りますので、セシリア様はお部屋を出ないようにお願いしますわね」
 「はいはい」

 気のない相槌にソフィアは少々不満げだったが、急いでいるのか何も言わず部屋を出て行った。
 それを確認してからセシリアはそろそろとドアに近寄り、外の気配を探る。

 それから少しだけドアを開けて、辺りに人がいないことを確認するとようやく部屋から出る。
 ソフィアには悪いが、結婚式前にどうしてもレイルに会っておきたかった。
 会ったところで何と言ったらいいかは分からない。

 でも――

 「このままでいいわけないわ」

 しかし、今になってレイルの控え室を知らない事に気付き、出鼻をくじかれる。
 一瞬部屋に戻ろうかとも考えたが、ここまできたのだ。

 「しょうがない・・・かたっぱしから部屋を探すしかないわね・・・」


 そして、大事業になりそうだと頭を抱えつつもセシリアは歩き始めた。












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